【第2回】探査工学から見た地球と宇宙「カーボンニュートラルについて(1) 」

人間活動による二酸化炭素(CO2)の排出増加によって、気候変動が引き起こされていることは間違いないとされています。大気中のCO2濃度は、産業革命前に比べて約1.5倍にまで増えています。この急激なCO2の増加は、気温の上昇だけではなく、海水温の上昇など全地球システムに影響を与えています。地球システムは複雑で微妙なバランスの上で釣り合っていますが、近年の急激なCO2の増加はこの地球上のバランスを速いスピードで壊しつつあります。例えば広大な海洋は、この地球上のバランスを保つ上で大きな役割を担ってきました。しかし近年、その海水温が上昇しつつあることは危機的な状況と考えられます。

このCO2の議論する際に、「過去にはもっと大気中CO2濃度の高い時期があった」とコメントされる方がおられます。確かに、それは正しいのですが、私が怖いと思っているのはCO2の増加するスピードです。現在のCO2の増加スピードは過去に例のないくらい速く、未来を予測することが難しいのです。どのような将来がやってくるか分からないのは怖いですよね。

さらに温度上昇に伴う極域のメタンハイドレートの溶解によって、温暖化が加速することも心配されています。メタンはCO2よりも温室効果が大きく、メタンハイドレートの溶解などによって温暖化が加速するとも考えられています。海水の温度が上昇すると、深海に分布しているメタンハイドレートも溶けて大気中に放出される可能性も考えられます。日本国内では、メタンハイドレートは資源として議論されることが多いですが、海外では環境問題の点から研究している人が多数を占めます。このように地球システムのバランスが壊れることで将来を予測することが難しくなっており、一刻も早いCO2の排出削減が必要だと思っています。

以上のような背景から、日本政府は2030年のCO2排出量50%削減、2050年のカーボンニュートラル(CO2排出ゼロ)の達成を打ち出しました。さらにそれに向けて様々な研究が実施されています。税金が使われるプロジェクトも多いので、我々国民もその内容や課題を理解しておくのが良いと思います。まず悲観的な内容になってしまうかもしれませんが、現状ではカーボンニュートラルを達成するための技術はそこまで明確化できていません。なんらかの人間活動からCO2は排出されてしまいますから、真にカーボンニュートラルを達成するには大気中からのCO2を捕集する必要もあります。そのため、2050年のカーボンニュートラルは挑戦的な目標と言えます。

カーボンニュートラルと聞いて想像するのは、太陽光発電・風力発電・水素といったキーワードではないでしょうか?実際、今後は太陽光発電や風力発電などが発電の中心的な役割を担うのは間違いないと思います。例えば九州では太陽光発電が盛んに行われており、条件が良い時間帯には必要な電気を全て発電できるくらいになりました。また風力発電も海洋上に設置されるようになり、その発電量も既存の大型火力発電所に匹敵するとされています。つまり太陽光発電や風力発電は、発電ポテンシャルとしては非常に大きいといえます。

それでは、太陽光発電や風力発電だけで良いのではと思ってしまいますが、難しいのは発電量が不安定ということです。太陽光は天気の良い日には大量の電気を作ってくれますが、雨の日や夜間は発電してくれません。風力発電も、風速に左右されてしまいます。そこで、発電した電気を貯める仕組みが必要になります。電気を貯めることができれば、それを太陽光や風力が発電できない時にも、その蓄電された電気を利用できることになります。特に島国である日本では、他国から電気を持ってくることが難しく、安定した電力供給が求められます。

電気を貯めると言う点では、バッテリー(電池)を思い浮かべられる方が多いと思います。確かにバッテリーでも電気を貯めることができるのですが、大量の電気を蓄電することは大変です。揚水発電等も蓄電に利用できますが、太陽光発電などの不安定な電力を安定化させる役割を担うには充分ではありません。一般家庭レベルであれば、電気自動車のバッテリー等を用いて太陽光を利用する仕組みができつつありますが、社会全体を考えると、そんなに簡単ではありません。そこでキーワードになってくるのが「水素」です。

水素をバッテリーのように利用することができます。つまり余った電気を使って水の電気分解で水素と酸素を作ることができれば、電気が足りない時にその水素を使って電気を作れば良いことになります。さらに水素は燃やすことができるため、石油や石炭に代わるエネルギー物質と考えることもできます。日本政府は、この水素をエネルギーの中心に据えて、無駄な電気を捨てず、水素に変換することにより、不安定な太陽光発電や風力発電の欠点を補おうと考えています。

なお、水素は天然資源と考えられている方もおられるかもしれませんが、実はそれは少し間違いで、水素を地下から資源として取り出すことはできません。水素は非常に軽い気体ですので、地球くらいの小さな星の重力では、すぐに宇宙空間へ逃げていってしまいます。つまり、我々が利用しようとする水素は人工的に作ったエネルギー物質としての水素、または「バッテリー」と考えるのが正しいと思います。

次回は、この水素についてもう少し詳細を述べたいと思います。先ほど、水素は天然資源ではないと書きましたが、現在使われている水素の多くは、メタンや石炭から人工的に作られています。


辻 健(つじ たけし)
東京大学大学院工学系研究科・教授。地球惑星科学・探査工学。
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