【第6回】翻訳・通訳会社のクレーム処理「クライアントに気を遣わせない」

翻訳・通訳会社は、翻訳者・通訳者には見えない舞台裏で様々なクレーム処理を行っています。本連載は目的は、その一部を紹介することで、翻訳・通訳会社が日々取り組む業務に関して理解を深めてもらうことです。執筆は現役の翻訳・通訳会社コーディネーター。登場人物はすべて仮名です。


あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

12月繁忙期も終わり、春の繁忙期に向け、充電している頃でしょうか。
繁忙期には予測もつかないクレームがあるものだ。昨年の繁忙期もまた、クライアント毎に整理されているNG通訳者リストに新たなお名前が加わることになってしまった。
今回は個人的なお付き合いだったらいい方なのに、クレームとなってしまった例です。

通訳者の方たちには、通訳スクール、フリーランスになってからの年数、キャリアで、先輩後輩のような良き関係がある。

某月某日、外資系IT企業での役員会議にて。ウエノさん、ミゾクチさんの同時通訳ペアで、ウエノさんの方がキャリアは圧倒的に長い。コーディネーションする側として大御所の方2名ではなく、大御所のパフォーマンスを参考に育ってほしいと願い、いわゆる ”ポスト大御所“の方とペアを組んでもらう事も多い。キャリアによってレートも違うので予算的にもクライアントに喜ばれるという事情もある。こうして指名通訳者を増やしていきたいものだ。登録者は増えていくものの、本当にクライアントから指名を繰り返し頂けるのは一握りというのが現実なのだから。ウエノさんは、ミゾグチさんのことをマリちゃんと呼ぶくらいかわいがっており、面倒見もよい。

この日もウエノさんが事前ミーティングで会議内容から、休憩、お水、エアコンの風向き、室温まで、事細かに確認している。ミゾクチさんもそこまで?と思いつつ従うだけだ。
だが、そんな入念に確認をしても、会議は生もの。予想通りにはいかない。
発表者のプレゼンテーションだけでなく、急に参加となった英語が全く苦手な取締役へのウィスパリングも増え、予想以上にハードとなってしまった。

そこで、ウエノさん、クライアントに「この状況は聞いていませんでした。ミゾクチさんもかわいそうです」とミゾグチさんを庇いながら直談判。「室温も低すぎますし、温かい飲み物をください」と。ミゾクチさんは横で黙っているだけ…

クライアントからはエージェントに「通訳にそこまで気を遣う時間はありません。気を遣う人はもうアサインしないで。ミゾクチさんもウエノさんに気を遣いかわいそうです。いちいち、あなたもそう思うわよねと言っているし、最後は私達はこんな状況じゃ途中休憩を頂かないと無理と二人の意見だというし、ミゾグチさんも巻き込まれている感じでしたよ」と。
クライアントからのクレーム後は当事者に事情聴取だ。ミゾグチさんに聞けば「ウエノさんは私のために環境を整えようと一生懸命でした」と。二人の関係は悪くない様子。
ただ、クライアントにパフォーマンス以外で気を遣わせてはいけない。通訳手配担当者は上司に先方に、会議後の会食のセッティングにと忙しいこともあるのだから。

また、通訳者の人柄もパフォーマンスもとても良い方なのに、クレームになった別のケース。会議通訳ではクライアント、先方とで会議を行うことになる。
某月某日、日本企業A社、中国企業B社との会議にてA社の役員付きとして中国語通訳者リンさんが対応することになっていた。
会議が始まる少し前B社が現れた途端、リンさん知り合いだったようで話が盛り上がってしまっている。
「お久しぶりです」というような内容かもしれないし天気の話かもしれないが、英語ならまだしも何を話しているかはわからないと不安になるものだ。会議の方はリンさんパフォーマンスも人柄もよく順調に進み終了。
だが、リンさん、会議終了後もB社と笑いながら話している。
A社のことを言われているのではないかとA社の社員はもやもや。もちろん、守秘義務については契約書をエージェントと取り交わしているので大丈夫なはずだが。

でも、エージェントに「リンさん、パフォーマンスはとてもよいのですが、先方さんとのおしゃべりが多いので、次回はアサインしないで頂けますでしょうか。」とリストから外すように言われてしまった。

これは多言語(英語以外)で話していて内容がわからない場合だが、クライアントは先方と知り合いで仲良くするのを好まない状況もあるのだ。友好的ではなく、決裂するか瀬戸際という会議もあるから当然だ。
過去に先方側にこちら側でアサインされたことがある通訳者がいるというのもよくある話だ。指名される通訳者はいろいろな所で引っ張りだこなので。
自分がどちら側にアサインされているのかということを考えてほしい。

クライアントに会議内容以外で気を遣わせないのは重要だ。
通訳者も通訳技量以外でNGリストに入れられてしまっては、もったいない。

今回のポイント

通訳以外のところでクライアントが気を遣わないよう注意する。
通訳環境について確認するのはいいが、ほどほどに!
温度調整、水分など自分でカバーできるものは準備していくくらいが喜ばれる。