【第4回】大手を振って中道を行く−できない私の通訳雑談「英検2級の苦難と通訳学校に通うの巻」

このコラムを書いている7月は、日本では長い梅雨も終わりを迎え本格的な夏の到来となる時期ですね。私は家族(とはいっても下の息子も今や大学生!)とドッグがいるメルボルンと東京を頻繁に行き来しながら仕事をしていますが、通訳の仕事は東京が中心となります。実際に日数を数えるとメルボルンにいる方が長いのですが、東京には1、2ヶ月に1度くらい戻って、2週間から3週間くらい滞在しています。渡航費用は当然自分で負担しますので、経費が半端ありません。時にはスケジューリングに失敗して、たった1件の案件のために帰京することになり、「これ赤字じゃねーか!?」みたいな状況になることもあります。昨年は、カンタスが出すエサ、もとい、エコノミークラスの機内食を食べ続けた結果、プラチナカードにまで格上げされました。今年もプラチナカード維持に向け邁進中です。カンタスラウンジは比較的食事や飲み物も充実しているのですが、プラチナカードに格上げされるとプラチナ様専用のラウンジに入れます(JALのファーストクラスラウンジですね)。プラチナ様のラウンジは、もちろん「勝ち組」の金持ちっぽい人や、頭良さそう〜な人ばかりなのですが、私はそこでひたすら食べて飲みまくります。最近はラウンジのお食事やオヤツをこっそり「お持ち帰り」して機内で食べたりしています。メルボルンから東京までは直行便でも10時間半の旅。そして出てくるのはエサだけ。サバイバルのためには、旅の恥もかき捨てです。

ということで、普段あまり落ち着いてオーストラリアでゆっくりしていることがないのですが、今年の7月は珍しくオーストラリアでの案件が続いたため一度も日本に戻ることなく過ごしています。いずれもお金をもらいながら楽しく学べる会議ばかりです。そのうちの1件は心理学系の仕事で、色々な意味で期待を裏切らない会議でした。まず心理学の中でも伝統的な心理学ではなく、「ポジティブ」な面に焦点を当てた心理学のためか、関係者の誰もが「ポジティブ」なのです。会場の受付のお姉さんも、会議場の入り口付近で参加者のバッジを確認する人も、参加者も、み〜んな怖いくらいポジティブです。お天気だって、予想を裏切って太陽が顔を出しています。こちらも頭のどこかで常に「ポジティブ」のお題目がチラついているため、普段の3倍くらい派手に挨拶や感謝をしまくりました。通訳機材の諸処の問題を、自分の仕事でもないのに解決してくれたコンベンションセンターのお兄さんは、「You are fantastic! Wonderful! Great! My angel!」を連発する私に少しだけ疲れていました。

この会議で学んだこと、それは、いわゆるレッテル(あるいはバイアス)は非常に強力な要素であるということです。「ポジティブ」と言う名の会議参加するだけで、だれもが少しだけ「ポジティブ」になろうとするのです。そんな人達が一つの会場で集団化になるとかなりの「ポジティブ」パワーが醸成されることになります。また質疑応答の際に「ポジティブな姿勢について」演者が「fake it until you make it」と言っていたのも印象的でした。難しいことはさておき、とりあえずポジティブにやってみる。自分に正直なのかとかこの気持ちは本当なのかなど、出ない答えに窮するよりも、とにかく前向きな感情を持っていれば、それがいつの間にか本当の前向きな気持ちになるということです。ということで、「きゃー作文苦手なのにー!きゃー期限が来たのに時間がない!できないよー」などとつべこべ言わずに粛々とコラムを書くことにします。

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さて、前回まではNOVAはすごいけどECCはもっとすごい、そしてこんなに短期間で英検2級(の1次試験)に合格するなんて、私ってすごい!というお話をしてきました。しかし、人生そんなにトントン拍子に行くわけがありません。周囲を見ていると、これはトントン拍子を絵に描いたような人生じゃないか(!)とも思える人たちもいますが、私は(紙面にできない)崖っぷちの人生を歩んできました(また大げさな・・・。)

これをお読みの皆さんは、英検2級なんて高校生レベルじゃねーかと思われるかと思います。高校時代に英語を全く勉強しなかった私にはわかりませんが、おそらくデキる高校生なら合格するであろう内容だと思います。なぜならデキナイ高校生だった私には厳しい2次試験の壁が待ち受けていたからです。英検は1次試験が筆記、2次試験がスピーキングとなっていますが、このスピーキング試験が曲者でした。「平成」という年号がまだ新鮮だった当時の英検2級2次試験は、スピーキングとは名ばかりの「読解」試験だったからです。試験では試験官と対峙して座り、A4の用紙の3分の1くらいに書かれた英語の文章を2分(1分かな)黙読します。その後、試験官が文章に関する質問を2つくらいするのですが、それに英語で答えなければなりません。つまり、短時間で英語を読解し、内容を口頭で説明するということです。

これって今やっても難しいと思います。実は今日も医療関連の同時通訳の仕事があったのですが、諸処の事情から資料が全くもらえないため、遠くで投影されたプレゼンのコテコテな医学文献の引用文を双眼鏡で読みつつ号泣しながら訳す(しかもスピーカーは猛ダッシュ)、という罰ゲームのようなことをやっていました。同僚の中には、器用に初見の資料を読みながら同時通訳をする方もいらっしゃいますが、私は苦手です。いっそのこと読まずに聴く方に集中したい。耳派の私は音で聞いた方が理解できます(読むのが遅いだけだろーという噂もありますが)。ストレスのかかった状態だとそれが一層顕著になります。これこそまさに、私が英検2級の2次試験で曝された環境でした。高校時代「リーダーズ(読解)」の教科書を最後まで読破したこともない私は、試験官に渡された短い文章が全くもって理解できませんでした。緊張していなかったらもう少しはわかったかもしれませんし、実際、大したことは書いてなかったかもしれないのですが、その時はザ・チンプンカンプンでした。通訳学校に行かれたことがある方なら分かると思いますが、逐次の授業で先生が流すテープの内容が全く理解できないことってありませんでしたか?「ムリムリムリわかんない、訳せない!お願いだから他の人をあてて〜。」と心の中でひたすら祈るみたいな。ちょうどそんな感じでした。とはいえ、試験官と1対1ですし、逃れることはできません。とりあえず聞かれた質問に、意味不明の英語で答え、すごすご会場を去りました。おそらく質問自体は、与えられた文章のどこかをそのまま読み上げれば正解となるようなものだと思いますが、読解ができていない私にはまるでロシア語か何かを目で追っているような気分でした。完敗でした。

ところで、英検を主催している英検協会はとてもリーズナブルな組織です。「人間誰にだって失敗はある。一度ダメでも努力を怠らなければ必ず報われる。継続は力なり!また次がんばってね。」ということを体現しているような組織です。1次試験がダメなら何度だって繰り返しチャレンジできるし、2次試験が不合格でも1年間は再チャレンジできます。2次試験で完敗だったので少しは凹みましたが、まだあと2回は1次試験免除でチャレンジできます。2回もあれば私だって受かるはず、と、最初は少し余裕もありました。ところがどっこい、人生そんなに甘くない。私は、残された2回の機会も生かすことができず、毎回同じ壁にぶつかって打ちのめされることになったのでした。

さて、これまで私は英会話スクールをハシゴし、英検とは相性が悪かったものの、英語は話せるようになりました。英検2級攻略カセットテープで単語だっていっぱい覚えました。BGMは鼻歌で歌えます。スペルは知らないけど、聴解はできるよう(な気分)になりました。もしかしたら英語は私の隠れた才能なのかもしれません。与えられた才能は活かすべきです。そこで私は、当時の彼氏(いまのダンナ)の友人の彼女で、日本生まれ日本育ちでありながらも英語が超お上手だった知り合いに相談しました。エリさんというその女性は「ピンクのリボンで世界を結ぶ」バイリンガルで先生をするほどの英会話能力があり、当時アメリカの大学に留学すべく準備中でした。「エリさんみたいに英語が上手になりたいけれど、どうすればいいですか?良い学校はありますか?」と相談すると、通訳学校で勉強すると鍛えられるよ、とアドバイスされました。なんと「通訳」とは。これは私がECCの入学面接で野望、もとい、目標の職業として語った職業ではありませんか。何かの縁に違いありません。私は早速、電話帳で京都にある通訳学校を探し出し、電話で問い合わせました。(電話帳で調べる!なんて懐かしいですよね。ご存知ない若者の方々もいらっしゃるかもしれませんが、昔は電話帳がインターネットの役割を果たしていたんですよ。)

問い合わせたのはインタースクール。電話を取った受付のお姉さんは、私のこれまでの英語学習について丁寧に聞き取りをし、スクールには個人のレベルや目的に合わせたいくつかのコースがあることを説明し、レベルチェックと見学のためにも是非一度来校してもらいたいとおっしゃりました。今から思うと電話での問い合わせはちょうど良いタイミングだったんじゃないかと思います。ご存知のように通訳学校は基本的に前期と後期でスケジュールが組まれますが、電話をした時はちょうど前・後期の間の休み中で特別クラスが開催されていました。見学がてら特別クラスをお試しで受講し、そのままレベルチェックのテストを受ければ、すぐに次の学期から入学できるというタイミングでした。お試し受講は無料です。いいじゃあないですか。無料ほどお得なものはありません。私は早速お試し受講を申し込み、レベルチェック(こちらは有料)も受けることにしました。

参加した特別コースでは、約10名ほどの生徒が授業を受けていました。先生は小柄で、ほんわかとした笑顔が素敵な女性です。通訳の授業なんて初めてで緊張しましたが、優しそうな先生に少し安心しました。ところがどっこい、授業が始まるとほんわかとした優しい笑顔の下から氷の鉄拳が飛び出してきました。逐次の授業でしたので、先生がテープを流し、それを順番に指名された生徒が訳していくという形で進められるのですが、これは私には無理です。確かに外人の彼氏も確保しましたし英会話の学校にも行きました。英検2級必須の単語も耳では覚えています。ただ、彼氏との会話に言葉は必要ありません。英会話スクールの先生とは遊んでいた記憶しかありませんし、英検2級は2次試験で敗北が続いています。つまり、難しいことを言っているネイティブの英語を一瞬で理解してメモし、もっともらしい日本語に変換するなどといった離れ業をやってのける英語の能力も日本語の知識も私にはなかったのです。とはいえ、私はあくまでも「お試し」の立場ですので、先生に当てられることはほとんどありませんでした。ただ、一度だけ当てられた箇所に「organisation」という言葉がありました。これは確かに聞いたことのある単語ですし、英検2級のボキャブラリでも「組織」として覚えていました。ただ、その「組織」という単語が意味するところを私は全く理解できなかったのです。「organisation=組織」という言葉が、実際に何なのかが頭に浮かんでこなかったのです。おそらくそれまで「組織」という単位でものを考えたことがなかったんじゃないでしょうか。Organisationという言葉はとても一般的な言葉ですが、日本人の日常生活においては「組織」という言葉はほとんど使われず、代わりに具体的に「会社」だったり「部署」といった言葉が使われるわけです。仮に会社の話をしているとして、”How many people are there in your organisation?”と尋ねられた時に「あなたの組織には何人いますか?」とは訳しませんよね。「御社では何名働いていますか」とか、「社員数を教えてください」と訳すと思うのです。

このお試し授業では、せっかく覚えた「組織」という辞書の言葉は何の役にも立ちませんでした。結局一言も訳せず完全にギブアップとなり、残りの授業は他の生徒たちの陰に身を潜めるようにして過ごし、授業が終わるとさっさと逃げるように教室を飛び出しました。しかしそこは営利団体のインタースクールです。教室の外では事務のお姉さんが待ち構えており、そのままレベルチェックテストを受けることになりました(有料ですから!)

さて、次回はいよいよ「通訳学校に通うの巻」をテーマにお話ししたいと思います。


エバレット千尋

フリーランス通訳。オーストラリアのモナッシュ大学大学院で通訳翻訳の講師を務める傍ら、一年に10回以上日本とオーストラリアを往復し、日豪両国で医療、医薬、金融、IT、その他幅広い分野で活動中。高校時代は、受験に主眼を置いた日本の悪しき英語教育の中で脱落し、英語への関心がゼロに失墜。その後、美術学校時代に一人旅をしたインドで「コミュニケーション」としての英語に目覚める。NOVAやECCで英語の基礎を学び、インタースクールで通訳訓練を受けた後、クイーンズランド大学大学院に留学。日本語通訳翻訳学科での修士課程を経て通訳デビュー。英大手通信会社で社内通訳を経験し、フリーとして独立。2007年にオーストラリアに移住。一年の3分の1を東京で過ごすが、心は関西人。街で関西弁を聞くと、フラっとついて行きそうになる。京都市生まれ。