【第10回】今日も苦し紛れ!放送通訳のブースから「~ 体のパーツは使える!~」

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2023年もあっという間に終わりましたね。これまで拙文「柴原早苗の通訳ライフハックス!」と「放送通訳の世界」をお読みくださったみなさま、前者は24回、後者は49回続けさせていただくことができました。これもひとえにアクセスしてくださったみなさまのお陰です。この場を借りて御礼申し上げます。本コラム「今日も苦し紛れ!放送通訳のブースから」でも放送通訳現場で体験したことや、みなさまのお役に立てるような情報を提供したく存じます。引き続きよろしくお願いいたします!

さて、「4年に一回」と言えばオリンピックが真っ先に頭に浮かびますよね。でも他にもサッカー、ラグビー、クリケットなどのワールドカップや野球のWBCなども4年おきです。そして私たち放送通訳者にとって一大イベントなのが「アメリカ大統領選挙」です。

次の大統領選挙は今年2024年です。オリンピックと同じサイクルですので、放送通訳者は夏の五輪に対処しつつ、秋の大統領選挙に向けてトピック満載となります。五輪は競技名・ルール・選手名など固有名詞がたくさんある一方、大統領選は候補者名・政党名・政策だけでなくアメリカ大統領選挙ならではの独自用語もたくさん出てきます。予習アイテムは限りなく広がります。

私が初めて大統領選の「洗礼」を受けたのが2000年。当時ロンドンのBBCで働いていました。2期を務めた民主党クリントン政権の次がどうなるのか、大いに注目を集めていたのですね。

ただ、私にとってはいかんせん初めての大統領選通訳です。生放送のニュースですので、間違うわけにいきません。一方、インターネットはまだ黎明期で、社内のPCで日本語表示ができたのは1台だけ。よって、予習素材はもっぱら日本語新聞(もちろん紙バージョン)でした。大統領選関連の記事を切り抜いてスクラップし、背景知識自体を叩きこむことに励みました。

あれから20年以上経ちますが、今なお大統領選関連の同通はその都度勉強が必要とされます。ただ、選挙後にほとぼりが冷めるとあっという間に用語を忘れてしまいがち。たとえばprimary=予備選挙、caucus=党員集会、electoral college=選挙人団など、日常生活で使わなければパッと出てこなくなるのです。

ということで今回の「苦し紛れ」は選挙関連の話題。2023年10月30日(日本時間午後)のCNN Newsroomに出てきた一文です。CNNのニック・ワット記者が番組ゲストに以下のような質問をしました:

Trump didnt mention Pence because he is irrelevant to him.”

ちょうどこの数日前、ペンス前副大統領が選挙戦から撤退を表明していたのでした。一方、トランプ氏は支持者を前に演説をしたものの、ペンス氏については触れず。上記英文を忠実に訳せば、

「トランプ氏は、ペンス氏が自分にとって無関係であるため言及しませんでした。」

となるでしょう。しかし、私はこの英文を敢えてこう訳しました:

「トランプ氏は、ペンス氏が自分の眼中にないので言及しませんでした。」

あえて「眼中にない」という日本語を持ってきたのですね。

実は日本語には「体のパーツ」を使った表現がたくさんあります。上記の「眼中にない」もそうですし、「腹を探る」「頭打ち」「顔が売れる」「目を付ける」など豊富です。通訳の際にはそうした「日本語としておなじみのフレーズ」を駆使できるようにしておくと、元の英文のニュアンスをとらえた、よりしっくりする和訳が出てくると私は思います。

そのためにも良質の日本語文章に触れることはもちろん、いざというときすぐに同時通訳できるよう自らその言葉を口にしておくことも大事でしょう。そのためにも「重い腰を上げて額に汗して勉強をし、たとえ現場で緊張しても肝が据わった様子で訳し続け、息の長い通訳者として稼働していきたい」と私は心の底から思っております(体のパーツ、いくつあったでしょう?)。

2024年もよろしくお願いいたします!


柴原早苗(しばはら さなえ)

放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言、大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも担当。ツイッター(@Addington76)も日々更新中。