【第8回】今日も苦し紛れ!放送通訳のブースから「~That comes with being a member of the United States Congress ~」
【会員限定コンテンツ】
放送通訳者にとっての必須トピックは色々あります。オリンピックは4年に一回、サッカーワールドカップもMUSTですし、災害・戦争関連の用語も押さえておくべき。中国の全人代も定期的に話題になりますし、いまだ休戦状態の朝鮮半島事情なども歴史的背景を知っておかねばなりません。
とりわけCNNで大きく取り上げられるのは何といっても米国大統領選挙。4年に一回なのですが、ここ数年は連続的に話題が流れているような印象です。何しろトランプ前大統領は2020年選挙の結果にいまだ不満をあらわにしていますし、裁判も各地で続いているのです。「もう2024年選挙を見据えなければいけないのに、いまだに過去の話題?」と思ってしまいます。
そのトランプ氏に近い人物とされているのが共和党強硬派議員マット・ゲーツ(Matt Gaetz)氏。マッカーシー前下院議長に対して不満を抱き、解任動議を出していましたよね。先日ようやくジョンソン下院議長が新たに決まり、この選出にはゲーツ氏自身も満足していたようです。
さて、今回ご紹介する「苦し紛れ通訳」は、ゲーツ議員の発言から。2023年9月16日(日本時間)放映のCNN Primetimeにおいて司会のアビー・フィリップがゲーツ議員に質問を投げかけていました。氏に対して「他の議員もご自身のことをを『いじめっ子のようだ』と評していますが?」という問いでした。
これに対してゲーツ氏は、「いじめととらえるなら、そもそも出馬しなければ良いのに」と答えています。つまり、そのような辛い思いをしたくないなら、議員などにならなければ良いのだ、というスタンスです。さらにこう続けました:
“I just think that that comes with being a member of the United States Congress.”
これを文字通り訳せば、
「それが合衆国議会議員であることに伴うものだと私は単純に考えるんですよね。」
といったところでしょう。
同時通訳というのは、いかんせん、時間的制約があります。この長めのゲーツ議員発言をどうコンパクトに訳すか?私がとっさに口から出した訳文は、
「議員であるというのは、そういうことなんです。」
でした。
日本語は主語の代名詞を省いても聞き手が想像してくれますので、冒頭の”I think”は訳さなくても済みます。一方、話の流れから「米国議会議員」が主題であることは明らかですので、その部分も省略。よって上記のような訳文となりました。
それにしても政治家という人生を歩む場合、鋼のようなメンタルが必要なのでしょう。通訳者もアドレナリンが上がり、万が一失敗しても立ち直る強さが求められます。分野は異なれど、やはり仕事を続けていくということは、タフさも要求されるのだなあと感じています。
ところで余談ですが、Bill Gatesの日本語表記は「ビル・ゲイツ」、元国防長官のRobert Gatesは「ロバート・ゲーツ」、今回のMatt Gaetz議員も「ゲーツ」というカタカナ表記です。この使い分け、なぜなのでしょう?素朴な疑問です!
柴原早苗(しばはら さなえ)
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言、大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも担当。ツイッター(@Addington76)も日々更新中。