【第8回】この台詞に注目!映像翻訳の楽しみ方『ザリガニの鳴くところ』

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映像翻訳者の松本陽子です。配信作品を中心に字幕翻訳と吹替翻訳を手がけています。映画を見るのが大好きで、2022年は映画館で190本ほど鑑賞しました。動画配信サービスでも多くの作品を見るなかで、すばらしい訳に出会い、「この見事な技術を身につけたい」と思ってきました。そんな日本語訳を、ご紹介します。

第8回の作品は全世界で累計1500万部を売り上げたミステリー小説の映画化で、字幕翻訳は杉山緑さん、吹替翻訳は野崎文子さんが担当しています。

『ザリガニの鳴くところ』予告

舞台は1969年、ノースカロライナ州の湿地帯。裕福な家庭で育ち、将来を期待されていた青年の変死体が発見されるところから始まります。容疑をかけられたのは、両親に見捨てられ、‟ザリガニが鳴く”と言われる湿地帯でたったひとり育った、無垢な少女カイア(デイジー・エドガー=ジョーンズ)。学校にも通わず、花、草木、魚、鳥など、湿地の自然から生きる術を学び、ひとりで生き抜いてきました。そんななか出会った心優しい青年が、彼女の運命を大きく変えることになります。

さて今回取り上げるのは、カイアの弁護士であるミルトン氏が、裁判の進め方について彼女に話すシーン。カイアの無実を証明したいという一心で、説得を試みます。

1.

原文)I don’t think a good lawyer

字幕)禁じ手だがーー

吹替)禁じ手ではあるが

2.

原文)ever puts their client on the stand, but this might help you.

字幕)君を証言台に

立たせようと思う

吹替)君に証言台に立ってほしい 効果はあるよ

直訳は「腕のいい弁護士は、絶対に依頼人を証言台に立たせないものだが、今回は君の助けになるかもしれない」です。

「腕のいい弁護士は、絶対に依頼人を証言台に立たせない」ことをどう短く表現するか悩むところですが、字幕、吹替ともに「禁じ手」という表現できれいにまとめていて、その手があったかと膝を打ちました。

本作は、ミステリーとしての面白さにとどまらず、過酷な環境で生きる少女の成長を描く物語としても秀逸です。カイアを演じるデイジー・エドガー=ジョーンズのイノセンスと凛々しさに胸を打たれます。さらに湿地の自然を映し出したショットは圧巻で、見どころのひとつです。法廷ものとしてもよくできていて、これ以外にも勉強になる台詞がたくさん出てきますので、ぜひ見てみてください。

ちなみに、原作は日本でも2021年本屋大賞 翻訳小説部門第1位に選ばれ、話題になりました。著者のディーリア・オーエンズが動物学者であることから、自然描写がとにかく美しいです。映画にはないエピソードもありますので、合わせて楽しんでいただけたらと思います。

「ザリガニの鳴くところ」早川書房

ディーリア・オーエンズ (著)、 友廣純さん (翻訳)

https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014471/

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

『ザリガニの鳴くところ』各配信サービスにて配信中

https://www.sonypictures.jp/he/11155000

字幕翻訳:杉山緑さん

吹替翻訳:野崎文子さん


松本陽子

大学卒業後、レコード会社や映画配給会社に勤務。アメリカに1年留学後、レコード会社で働きながら映像翻訳学校で学び、退職後はフェロー・アカデミーのアンゼたかし氏のゼミに通う。2017年から英日の字幕と吹替を手がける。Twitter