【第7回】この台詞に注目!映像翻訳の楽しみ方『エンパイア・オブ・ライト』
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映像翻訳者の松本陽子です。配信作品を中心に字幕翻訳と吹替翻訳を手がけています。映画を見るのが大好きで、2022年は映画館で190本ほど鑑賞しました。動画配信サービスでも多くの作品を見るなかで、すばらしい訳に出会い、「この見事な技術を身につけたい」と思ってきました。そんな日本語訳を、ご紹介します。
第7回の作品は『アメリカン・ビューティー』や『1917 命をかけた伝令』のサム・メンデス監督が手掛けた大人のヒューマン・ドラマといえる映画で、字幕翻訳は松浦美奈さんが担当しています。
『エンパイア・オブ・ライト』予告
舞台は1980年代初頭、イギリスの静かな海辺の町、マーゲイト。主人公の中年女性ヒラリー(オリヴィア・コールマン)は、つらい過去を経験し、心に傷を抱えながらもエンパイア劇場という地元の映画館で働いています。ある日、青年スティーヴン(マイケル・ウォード)が目の前に現れたことで、ヒラリーの人生に思わぬ変化が訪れます。
さて今回取り上げるのは、劇場の屋上でヒラリーとスティーヴンが会話するシーン。スティーヴンが劇場で上映されている映画について話すと、ヒラリーはその映画を知りませんでした。長く劇場で働いているのに、一度もそこで映画を観たことがないのです。それを知ったスティーヴンが、あきれた様子でこう言います(27:14)。
原文)
Honestly, anyone would think you worked in a bank, Hilary.
Why don’t you sneak in and watch?
字幕)
固いこと言わずに
こっそり観ろよ
直訳は「まったく、そんなことじゃ銀行で働いてると思われるぞ、ヒラリー。こっそり入って映画を観ちゃえばいいだろ?」前半を簡潔にまとめていて、見事な字幕です。
このやり取りですが、後半のある重要なシーンにつながります。ヒラリーはスティーヴンにこう言われたあと、「自分はお客さんじゃないし、忙しすぎて映画を観るのは無理だわ。…私って退屈な女ね」と言います。ひたすら真面目に働き、冒険をしないヒラリーと、まだ若くて魅力的で、好奇心あふれるスティーヴンのコントラストが際立つシーンです。このあと、彼はヒラリーの人生に大きな影響を与えていくのです。まるで映写室から放たれるまばゆい光が、彼女の人生を照らすように。映画や映画館が好きな人には心躍るシーンが次々と出てきます。これ以外にも心を打たれる台詞がたくさんありますので、ぜひ見てみてください。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。
『エンパイア・オブ・ライト』ディズニープラス他で配信中
https://www.20thcenturystudios.jp/movies/empire-of-light
字幕翻訳:松浦美奈さん
松本陽子
大学卒業後、レコード会社や映画配給会社に勤務。アメリカに1年留学後、レコード会社で働きながら映像翻訳学校で学び、退職後はフェロー・アカデミーのアンゼたかし氏のゼミに通う。2017年から英日の字幕と吹替を手がける。Twitter