【第8回】スケジューリング その1

Posted May 16, 2018

社内通訳者はスケジューリングで悩むことはあまりないと思いますが、フリーランス通訳者にとっては悩ましい問題です。というのは、スケジューリングの結果が収入に直結するからです。投資や副業をしていない限りフリーランスの収入は「案件数x単価」でほぼ確定するので、自分の体力・気力と相談しながらいかにスケジュールを最適化できるかが重要な課題になります。

キャリアステージで異なるスケジューリング戦略

通訳学校を卒業したばかりの新人は当然ながら実績がありません。けれど実績がないとどこも相手にしてくれませんから、まずは報酬より経験を優先すべきです。大学1年生が様々な授業を通して自分が進むべき道を見つけるように、来たオファーは基本的にすべて受けて自分の得意な分野や好きな分野を見つけましょう。最初は逐次アテンドのような案件ばかりかもしれませんが、一つひとつ丁寧にこなしてステップアップしましょう。

通訳学校の卒業生は、学校を運営するエージェントに登録して仕事を貰うケースが多いのですが、その際のレートはとても低いのが一般的です。通訳者のあいだでは「御奉仕」と呼ばれています(一部の優秀な卒業生にはしばらくすると通訳学校で教えるオファーも来るそうで、これも「御奉仕」です)。エージェントとしては実績ゼロでハイリスクな人材を雇うので人件費は低く抑えたいですし、新人通訳者はとにかく実績を積みたい。お互いのニーズが合致しているので、私も含めて誰も文句はないでしょう。

ただ、この御奉仕レートはあくまでも現場経験が乏しいから正当化されるのであり、ある程度の経験を積んだ通訳者は早めに下積みレートからの脱却を図るべきです。そうでないと自分の収入がいつまでも上がりませんし、広い意味では市場の他の通訳者のレートにも影響を及ぼすからです。

長期出張の場合、自炊したいので台所付きの宿泊施設を希望することも。
ここはヒルトンを断って泊まりました(笑)

国際会議での同時通訳を任されるようになって5年?7年もすればもう立派な中堅通訳者でしょう。ここからはレート交渉をしながら付き合うエージェントの絞り込みをするフェーズです。通訳者の体は1つですから、すべてのエージェントと同じように仕事をすることはできません。自分の得意分野で多くの案件を持っているエージェント、または高い報酬設定をしてくれるエージェントを少しずつ優先して受けていきましょう。

長く活動している通訳者には必ずといっていいほど主戦場とする得意分野があります。分野を絞ると①知識と経験を集中的に蓄積できる上、②事前準備を質的・量的に効率化できる。さらに③差別化が容易になるのでレートを上げやすくなるし、④慣れている分野なので現場で体力・気力が減りにくくなるという効果があります。中堅からベテランの領域に入っていくと、中堅時代に絞ってきたフォーカスがさらに強化され、自分が好きな案件を比較的自由に選べるようになります。

繁忙期には裏番組を狙うのも有効

案件を絞り始める段階に来た通訳者に向けたアドバイスですが、繁忙期には目の前の案件にすぐに飛びつかず、しばらく待ってみるのも得策です。たとえば東京では毎年数回、大規模のIRコンファレンスが開催され、毎回何十人と通訳者が駆り出されますが、近年では複数のエージェントが通訳者確保のために1年も前からオファーを出しています(仮案件ですが)。コンファレンスが終わった次の日に翌年のオファーが来るのです。

当然、この時期に通訳者を確保しにくくなるからオファーを出しているわけですが、IRコンファレンス以外にも通訳案件は存在しています(私は勝手に「裏番組」と呼んでいます)。IRが大好物でないかぎり、あえてスケジュールを空けて待つのも一つのアプローチです。今は市場の状態が悪くないので、かなりの確率で、とても好条件の案件が発生しますよ。私自身、とても素敵な案件と巡り合いました!

仮予約問題と案件の将来的バリュー

ほとんどの案件は仮予約からスタートするのですが、日本の通訳業界はこの仮案件の扱いが不思議で、エージェントは一方的な通知により通訳者をリリースできるのに、通訳者は基本的にエージェントに対してリリースの「お願い」をしなければなりません。もちろん仮案件に法的拘束力はありませんし、通訳者もその気になれば一方的に自分をリリースすることが可能なのでしょうが、実際にそれをするとエージェントから干される確率が高い。欧米市場と比較して日本ではエージェントの力が強いので、「お願い」をするのが暗黙的了解になっています。このあたりの状況が改善されると通訳者としては嬉しいのですが…。

出張中はどうしても野菜が不足してしまうので、
サラダのチョイスが豊富なホテルはとても助かります

上記の1年先のオファーですが、これも仮案件です。ただ、1年先のスケジュールを入れるのは色々な意味で賢くありません。まず日本での仮案件はリリースの手続き(「お願い」)が面倒です。これに加えて、理論的にはエージェントは確定していない案件なのに通訳者には確定を出して、キャンセル料が発生するぎりぎりのタイミングでキャンセルすることもできるからです。

たとえば1年後のIRカンファレンスを仮案件で受けて、半年後に超好条件の確定オファーがきたのでリリースのお願いをするとしましょう。エージェントはリリースを許さず、ひとまず「確定しましたよ」と通訳者に伝えます。そして後になってその通訳者が必要なくなれば、キャンセル料が発生する直前にキャンセルするのです。もちろん、すべてのエージェントがこのようなことをしているわけではありませんが、このようなことが実際に起きている事実は把握しておくべきでしょう。

加えて、1年も先の仮案件を入れるのは案件の将来的バリューという観点からも合理的な選択ではありません。たとえばIRコンファレンスのオファーは全期間(5日間程度)を通して出されるのが基本ですが、5日間労働のはずが最終的に確定するのは4日とか3日半になることがあります。クライアント/エージェントがスケジュールを変更するのは普通ですし、それに文句を言うわけではありません。

私がここで言いたいのは、投資として見た場合、このような案件は最善でも現状維持、状況により価値減(拘束日数が減れば収入も減る)、最悪のケースでは全損(案件キャンセル)になりかねないので、投資対象としてはまったく魅力がないということです。投資家の通訳をするのであれば、これくらいの投資知識は持っておいてほしいものです。

関根マイク

Mike Sekine

通訳者。関根アンドアソシエーツ 代表、日本会議通訳者協会理事、名古屋外国語大学大学院兼任講師、元日本翻訳者協会副理事長。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。

現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。近年は若手育成のため精力的に執筆活動も行っている。「イングリッシュ・ジャーナル」で『ブースの中の懲りない面々?通訳の現場から』を連載中。