【第6回】パートナーとの連携

Posted March 23, 2018

現場デビューすると、多くの現場で他の通訳者と協力して作業することが求められます。通常はエージェントが通訳者の役割分担を決めて、当日のスケジュール表に書き入れて通訳者に送ります。持ち時間で分担することもあれば、セッション別で分担することもありますが、エージェントの分担は絶対ではなく、現場の通訳者で微調整することも多々あります。特に仲が良い通訳者と一緒に組む場合は、最初から通訳者の方で分担を決めてしまうこともあります。

エージェントが決めたスケジュール表には、特に持ち時間で分担する場合は、A:佐藤、B:鈴木、C:田中というように書かれていますが、多くの場合、これはエージェントの評価順と解釈してよいです。エージェントとしては、もっとも安定感があり信頼できる通訳者(この場合はAの佐藤)をトップに配置することで、①案件を確実な形でスタートして、②通訳者Aの通訳回数を最大化する狙いがあります。この理由から通訳者Aは経験豊富な先輩通訳者である場合が多いですが、対象トピックの経験が豊富なのであればいわゆる中堅がベテランより先になることもあります。

通訳者が現場で決めてください、という方針をとるエージェントもありますが、これは新人にとってはある意味チャンスです。通訳は頭脳と肉体を酷使する労働ですから、「私にもっと担当させてください」と強く主張する通訳者はあまりいません。じゃんけんなどで平等に担当分けをして、それぞれが自分の持ち場を守る、という流れが普通です。新人が率先して手を挙げ、「私が多めにやります」と言ったら、それで怒るベテランはいませんし、むしろ頼もしく感じてくれるのでないでしょうか。ベテランのサポートを得ながら多めにやれば経験も積めますしね!

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ただしこれには例外があります。たとえば1週間続くイベントの3日目から入る場合などは、現場の流れに慣れることが大事ですので、初日から入っている通訳者に先を任せて自分は最後にまわるのが最善です(3人体制の場合はC)。前日の話の続きがいきなり始まった場合、前日を経験していない通訳者には話の展開が読めないからです。初日から入っている通訳者もこれは業界の常識としてわかっているはずですので拒否はしないと思いますが。

同時通訳中のノートテイキング(メモ取り)ですが、某大手エージェントでは、通訳者は休憩中でも必ずパートナーのためにメモをとることを義務付けています。義務とはいかないまでもそれを推奨しているエージェントも一部存在します。

ただこの点については、業界標準は存在しません。欧米ではパフォーマンスを最大化するために「休憩中はしっかり休む」のが当然という考え方ですし、私もこの考え方に賛同しますが、苦しいときにパートナーのメモに救われるケースもあるでしょうから、やり方は人それぞれだと思います。

実はメモを求めない人もいます。というのは、同時通訳の性質上、メモが出てくるタイミングは大体遅いのです。メモが出てくる頃には訳者は苦しい部分をなんとか処理してもう先に進んでいる場合が多い。これに加えて、メモが横から出てくると集中力が切れてしまう人もいます。私が東京外国語大学教授の鶴田知佳子先生と初めてブースで組んだとき、彼女は私のためにメモを取ってくれていましたが、目立つように差し出そうとはしませんでした。

後で聞いたら、「一応とっていたけど、あなたとは初めて組んだのでメモを求める人かわからなかった。集中力が切れるから迷惑に感じる人もいるので、求められたら出そうと思っていた。」と語っていました。ベテランの配慮ですね。この業界には「自分のメモ見せたがり病」患者が少なからずいますが、本当に大事なのは通訳者のパフォーマンスであってあなたのメモではないので、やりすぎないように注意しましょう。

同時通訳の交代タイミングについてですが、15分交代の場合は15分をフルに通訳してから交代することを推奨します。14分40秒あたりでもキリのいいところで交代、という考え方もありますが、業界には時間にとても厳しい方々がいます。無駄なトラブルを避けるために自分の持ち時間はしっかりこなして交代するのが最善です。

交代のタイミングですが、基本的には通訳している人がタイミングを決めるのが業界の常識です。きちんとセンテンスを完結させてバトンを渡しましょう。バトンを受ける側は遅くとも3~4分前にはトイレなどから戻り集中力を高め、特に最後の1分はリレー走者の助走のように、話者の話を頭の中で軽く訳しながら交代を待ちます。私の場合は残り20秒~30秒になったら音量調節つまみに手を置くことで、「こちらの交代準備は整っている」と示します。いざ交代するときはスイッチの押し忘れ・押し間違いに注意しましょう。特に繁忙期はこれが想像以上に多いです。

通訳業界では、自分の持ち時間は自分で管理するのが原則です。パートナーも自分の交代時間を知る必要があるのでタイマーを持っていますが、基本的には相手に頼らず自分の持ち時間は自分で管理しましょう。ただし同時通訳のパートナーがタイマーの存在を忘れて、自分の持ち時間を大幅に超えて通訳している場合は、さりげなく合図をして交代を促すのが礼儀です。礼儀といえば、ブースから出るときはとにかく静かに。味方であるはずのパートナーが隣でガタゴト物音を立てていると、軽い殺意を覚えるのは私だけではないはずです!

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逐次通訳での交代は同時通訳と比べて別の意味での難しさがあります。部屋の配置上、訳している通訳者と待機している通訳者の距離が離れていることがあるからです。前述の通り、交代のタイミングは通訳している人が決めるのが業界の常識ですが、距離があると次の通訳者の用意ができているのか一見わかりにくい。ですから普通は次の通訳者が近くまで寄ってくるか(これが最善)、距離が詰められない場合は通訳している人の視線に入る位置に立って、視線が重なったら頷いてあげるなりして、スムーズな交代を促すのがプロの配慮です。

最後に、逐次通訳の現場でパートナーがミスをしたときの対処法です。米国務省通訳官の訓練プログラムでは、「パートナーがミスをしても、そのミスが会話の本質的な部分に影響しない場合は、会話を止めて修正する必要はない」と教えています。通訳者は人間ですからミスは時間の問題ですが、ミスといっても様々な種類とレベルがあります。情報価値が低い部分のミスはその場では修正せず、必要であれば休憩中にそっと伝えるのが業界の鉄則です。

これを無視してなんでもかんでも修正すると、①通訳ユーザー同士の会話が進まないし、②クライアントが通訳者を信頼しなくなります。その上、③通訳者同士の信頼関係が崩れます。あなたがパートナーの訳を細かく修正するのであれば、パートナーが同じように振る舞うことを妨げられません(怖い……)。それにプロであれば自分のミスは自分が一番よくわかっているので、その場で、または休憩中に、自力で修正する能力があるはずです。少し苦しそうに見えても、本質的な部分を誤訳していない限り、黙って見守ってあげるのもパートナーの責務だと思います。

関根マイク

Mike Sekine

通訳者。関根アンドアソシエーツ 代表、日本会議通訳者協会理事、名古屋外国語大学大学院兼任講師、元日本翻訳者協会副理事長。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。

現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。近年は若手育成のため精力的に執筆活動も行っている。「イングリッシュ・ジャーナル」で『ブースの中の懲りない面々 ~通訳の現場から』を連載中。