【第5回】仕事はエージェントとの共同作業

update:2018/02/20

エージェントの登録手続きが無事に終了……してもあなたはまだスタートラインに立ったばかりです。当然ですが、本当の仕事はここからです。今回はあなたの強い味方となってくれる(はず!)エージェント担当者、特に個別の案件を担当するコーディネーターとの関係について書きます。

あなたの適性・経験にマッチした案件が入ると、コーディネーターからオファーメールが届きます。急ぎの案件などは例外的に電話でくることもありますが、基本的には効率性と正確な記録保存が重要なので、メールでやり取りをするのが普通です。たとえば私は、10年以上やり取りをしているコーディネーターさんで、一度も声を聞いたことがない人がいます。メールには①日時、②場所、③クライアント、④通訳形態(同時/逐次/ウィスパーかなど)、⑤同時通訳の場合は通訳者の人数(2人か3人体制)やブースのタイプ(フルスペック/簡易ブース/生耳パナガイドなど)を含む基本情報が記載されているはずですが、不足している場合はきちんと確認しましょう。同時通訳といってもフルスペック3人体制と生耳パナガイド2人体制では天と地の差があります。特に繁忙期は無駄に消耗したくありませんよね。

プライベートジェットで移動する仕事も!

上記に加えて、動画配信等を予定しているイベントを通訳する場合、通訳音声の二次使用料の設定も必要です。ただ困るのが、クライアントがコーディネーターに動画配信に関して伝えておらず(悪意ではなく、単に忘れているケースが多い)、通訳者が現場で初めて配信について知るというケースが意外に多いことです。また、内部資料として通訳を録音させてください、という依頼を現場で受けることも少なくありません。通常はベテランの通訳者さんがその場でエージェントに連絡をとるなりして対応しますが、このようなサプライズがあるということを気に留めておいた方がよいでしょう。

さて、「対応可能」と返事をすると、まずは仮予約とされるのが一般的です。クライアントの確定をもらうまではエージェントも通訳者を確定(本予約)することができません。知り合いの弁護士によると、この仮予約の法的拘束力はかなりビミョーな線らしいのですが、業界の慣習としては、良い悪いを別として、仮予約により通訳者は対象日時をエージェントのために空けておくこと(つまり、他の案件がきても断るか、まずエージェントに相談すること)を期待されます。このあたりは連載後半にスケジューリングについて書きますので、詳しくはその時に。

案件が確定するとコーディネーターから連絡があり、資料が届き始めます。大型の案件になると直前にバイク便で資料がどしどし届きますので、今から引っ越しを考えている通訳者さんは必ず大きな郵便受けがある物件を探しましょう。地味に重要です!

資料が揃わないとコーディネーターに(そしてあろうことか、時にはクライアントに)文句を言う通訳者さんもいるようですが、大前提として、コーディネーターも同じ人間であることを忘れずに。毎日、資料収集やその他の手配に一生懸命がんばってくれています。人間ですからたまにはミスもあるでしょうし、物忘れをすることもあるでしょう。

一般人が入れない場所を覗けるのも通訳という
仕事の醍醐味。こちらはオープン直前の
シンガポール・チャンギ国際空港第4ターミナル

けれど、みんな本当に頑張って仕事をしているのです。そこそこ現場に出ている通訳者であれば、働き方改革なんてどこ吹く風的な時間帯にコーディネーターからメールが届いたことがあるはず。コーディネーターは通訳者の味方です。彼らがいくら頑張っても資料を出さないクライアントはいます。というか海外エージェントの仕事だと、事前資料が完全に揃うことがむしろ奇跡的だったりします(笑)。

そのような時、通訳者がやるべきことは与えられた環境でできる限りの仕事をする、それしかありません。コーディネーターとの人間関係は大事にしましょう。この関係を軽視して得することは何一つありません。

資料で注意することは色々あるのですが、代表的なものをいくつか。

●パワーポイントやキーノート等の発表スライド

発表者ノートが印刷されているかどうか確認しましょう。コーディネーターが印刷モードを間違えて出力に含まれていない場合があります。クライアント側からはスライドのPDFファイルのみが届いたが、元のファイルには発表者ノートが含まれている場合も。特に日本人発表者の場合はこのノートをそのまま読み上げるケースが少なくないので、これが手元にあるかないかでは全然違います。

●「資料なし、アドリブ」の場合

開会・閉会挨拶などは、クライアントがエージェント側に「資料なし、アドリブで話します」と伝えている場合がありますが、実際に現場に着くと読み原稿があったりします。ですから現場に着いたらすぐに確認することを勧めます。

●印刷が白黒の場合の盲点

資料は基本的に白黒印刷ですから、カラフルなグラフなどはよくわからないモノもあります。通常は紙の資料とはファイルも一緒に送られてくるので、事前に確認しましょう。あと、紙の資料だけ読むとわからないのですが、ファイルを確認するとアニメーションがあったりします。(!)

●発表者の発表言語

発表者が日本語で喋るのか、英語で喋るのか事前に確認しましょう。準備の効率が上がります。たまに現場で発表言語が変わったりしますが、これは諦めるしかありません…。

さて、仕事が終わったら、速やかにメールで業務完了のメールをしましょう。開始時刻と終了時刻も忘れずに。もし現場で気になることがあったら遠慮なく相談しましょう。コーディネーターは営業サイドとも通じていますので、情報によってはクライアント側へのアプローチが変わったりしますし、通訳者の労働環境に問題がある場合は、それも改善されるかもしれません。

良い仕事をした場合、クライアント/エージェントがフィードバックをすることはあまりありません。良い仕事をするのは当然のことだ、という前提がありますし、気に入られれば次回から指名が入ります。これが最大の評価ではないでしょうか。一方、クレームの対応は丁寧にすることを心がけましょう。長年現場に出ていれば、相性が合わないクライアントもいますし、本来の実力が出せない現場もあります。つまりクレームは時間の問題なのです。誰も語らないだけで、多かれ少なかれみんなクレームは受けています(正式なクレームは出さずに、次回から別の人をお願いするクライアントも)。コーディネーターからクレームの連絡をもらうと落ち込むこともありますし、指摘事項に納得できないこともありますが、それらはユーザーが実際に感じたことであり、現実なのですから、きちんと受け止めて次につなげることが大事です。

通訳ビジネスは結局、人です。クライアントとの人間関係であり、エージェントとの人間関係でもあります。エージェントに対する報連相はもちろん、現場でクライアントと適切なコミュニケーションをとってお互いに仕事がしやすい環境を作ること、これは当たり前のことなのですが、案外できていない通訳者が多いと複数のコーディネーターから耳にしています。お互いに配慮の心を忘れずに。最近は忘年会などを開催して通訳者との交流の場を設けるエージェントが少しずつ増えてきている印象なので、それらを活用してコーディネーターの生の声を聞いてみてはいかがでしょうか。

関根マイク

Mike Sekine

通訳者。関根アンドアソシエーツ 代表、日本会議通訳者協会理事、名古屋外国語大学大学院兼任講師、元日本翻訳者協会副理事長。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。

現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。近年は若手育成のため精力的に執筆活動も行っている。「イングリッシュ・ジャーナル」で『ブースの中の懲りない面々 -通訳の現場から-』を連載中。