【第3回】仕事ポートフォリオの考え方

update:2017/12/18

第3回は、いざフリーランスとしてデビューした後に仕事の取り方をどう考えるべきかについて考えます。フリーランスは仕事の取り方もレート(報酬レベル)の設定も本人の自由……なのですが、自由ゆえに、エージェント(前回は便宜上、「通訳会社」と呼んだのですが、業界では「エージェント」と呼ぶ方が一般的なので今後はこれで通します)任せになってしまう人が多いのが実情のようです。ただ考えてみてください。フリーランスの最大の強みは自分自身の価値と戦略を主体的に設定できることです。どのような仕事を取って、どうステップアップしていくのかをきちんと考えましょう。

初めはエージェント登録から

通訳学校の卒業生で一定の実力がある方は、その学校を運営しているエージェントに登録を勧められることが多いようです。通常は市場平均よりも低いレートで登録するわけですが、これは仕方ありません。いくら才能があっても実績はゼロなので、下積みをしながら実力を認めてもらうしかありません。デビューしたてのAKB48のようなものです(笑)。

駆け出しの頃はとにかく案件数を増やしたいがために、同時期に多くのエージェントに登録をする方もいるようですが、私はあまりお勧めしません。現場で少しずつ実力を蓄えて、その中で多くの通訳者さんと知り合って業界の情報交換をして、どのエージェントがどの分野を得意としているのか、どの分野で通訳者を求めているのか、レギュラーで稼働しているスター通訳者さんは誰なのか、などを調べてからアプローチした方がずっと効果的です。

会議通訳では、ブース内に複数の
通訳者が入って、交代で通訳する

エージェントに登録する際に通訳者が目標とするのは基本的に①レギュラー入りと、②高い初期登録レートの確保、の2点です。①はそのエージェントがいつも頼るような通訳者になることであり、②は文字通り、できるだけ好条件を初回登録時に引き出すことです。登録時のレートはとても大事で、収入面で通訳者のキャリアを左右するといっても過言ではありません(レートについては第4回で詳しく書きます)。

では①と②をどう確保するのか、なのですが、実績がなければ交渉材料がないので、やはり最初はある程度の実績を積んだ方が良いと思います。逆にいえば、ある程度の実績を積むまでは登録数をあまり増やさない方がよいでしょう(低レートで登録数を無駄に増やしたら後が大変)。ネットワーキングを通じて通訳者仲間からエージェントを紹介してもらえることもありますし、その通訳者がそのエージェントのレギュラーであれば比較的高い初期レートがもらえる確率が高くなります。

実績は大事ですが、誰に紹介してもらうかも同じくらい大事です。エージェントとしてもベテランの紹介は無視できませんし、「あのベテランさんが言うのだから、上手いのだろう」とすんなりいくケースも少なくありません。中堅以上の通訳者さんはこれを感覚的にわかっているので、紹介者なしで新規登録をすることはほぼありません(紹介者なしでの登録は、よほどの実績がない限り、どうしても通訳者にとって不利な交渉になりがちです)。

では実績を作るにあたり、どのような仕事をとればよいのでしょうか。新人は最初から大きな国際会議を任されることは当然ないのですが、可能であればありふれた社内会議よりもブランド認知度や知名度が高いイベント・会議を優先した方が良いと私は思います。別に社内会議が悪いわけではないのですが(私自身、いまでもやっています)、後々の新規登録のことを考えると、担当者が実績表を一目見たときに、それが何であるかすぐにイメージできるような「格」がある案件が並んでいた方が有利なのです。

たとえば私は業界で数少ないゲーマー通訳者を自負しているのですが(笑)、実績の見せ方としては「ゲーム会社のスクエア・エニックスの社内会議を十数回したことがあります」というよりかは、「東京ゲームショウは過去5年連続で仕事していますし、指名でサンフランシスコ開催のGDC※に呼ばれたこともあります」と言った(書いた)方が絶対に好印象を与えます。

※GDC(=Game Developers Conferenceの略)は、毎年開かれる世界各国のゲーム開発者を中心とした会議]

加えて、駆け出しの頃は、政府系の仕事を積極的に受けるべきです。案件の予算等の関係上、中堅以下の通訳者にチャンスが回ってくるときがあるのですが、政府系案件は比較的「格」があるとみなすエージェントが多いので、実績としてもっておいて損はありません。

直接取り引きのメリット

この仕事を続けていると、必ずどこかでクライアントと直接の取り引きをする機会が訪れます。と言っても、エージェントから頂いた案件のクライアントを盗むわけではありません。それは倫理違反ですし、そのような行為をする通訳者はすぐに業界で噂が広まります。むしろもっと自然に、知り合いに頼まれた案件からスタートして、口コミで存在が広まるという感じでしょうか。

たとえば私は法務分野を主戦場にしているのですが、もともとは沖縄・那覇地方裁判所で通訳をしていたところ、たまたま傍聴していた新聞記者に認められて色々と紹介してもらい、その後は何年も沖縄を訪れる外国メディアの通訳をしました。ある時はデポジション案件で1週間みっちり絞られたチェック担当の通訳者さんに、大型の海外デポ案件を紹介してもらったこともありました。「なんだ、実力を認めているんだったらあんなにイジメなくてもいいのに!」と思うところはありましたが(笑)、とても感謝しています。まあとにかく、出会いは必ずあるので、一つひとつを大切に。

今日ではブログやウェブサイト等で自分の専門・得意分野を積極的に発信するのも一つの方法です。あなたがどんなに良い通訳者で、圧倒的な実力を持っていたとしても、世の中の人があなたの存在を知らなければ、その価値はゼロに等しいのですから。直接取り引きの主な利点は、①クライアントと直接関係を築けること(個人のブランディング)、そして②エージェント価格より高めの価格を設定できることです。クライアントと良い関係が構築できていて、交渉も上手ければ、エージェントが受け取るような金額を個人で稼ぐことも不可能ではありません。

直接取引のクライアントと英国の湖水地方まで遠征!

日本には「エージェントとしか仕事をしない」と決めている通訳者が一定数いるようですが、仕事を一つのポートフォリオとして考えると、これは高リスクです。投資活動等と同じように、リスクは分散するのが基本中の基本。理想的には①エージェント経由の仕事と直接取り引きの仕事とのバランスをとりながら、②エージェント自体も複数登録してリスクを分散するのが賢いアプローチだと思います。特に直接取り引きは案件数は少ないながらも利益率は高くなるのが普通なので、うまくスケジュールに組み込めば大幅な収入増が見込めます。

「プロボノ」と「翻訳」のススメ

「キモノプロジェクトのプロボノ案件で
筆者とJACIの岩瀬理事とで新人育成

個人的には、駆け出しの通訳者はプロボノ(無償)案件も一定数受けるべきだと思います。経験と実績になりますし、そこから生まれる出会いもあるもの。

私が理事を務める日本会議通訳者協会(JACI)では、社会貢献と新人育成を目的として、有意義な案件であれば無償で通訳者を派遣するプログラムがありますが(写真が一例)、必ずしもこのようなプログラムに頼る必要はありません。

要は、特に新人は自分のキャリアにプラスになると思う案件は、一定数であれば無償でも受けるべきだと私は思います。

加えて、新人は翻訳を勉強するべきです。はっきり言って、この業界では、文法的に正しい英語をしゃべる通訳者は過半数いるかどうか、というのが私の印象です。

特に午後3時以降、疲れてくるとかなり英語が乱れてくる通訳者が多いのです(母語である日本語はそこまで乱れない)。表現的にも、いかにも教科書的、という人が多い。翻訳を勉強することで、一つひとつの表現についてじっくり考えることができますし、その経験が通訳に活きてくることは間違いありません。それに実力がつけば翻訳で収入を得ることもできますしね!

関根マイク

Mike Sekine

通訳者。関根アンドアソシエーツ 代表、日本会議通訳者協会理事、名古屋外国語大学大学院兼任講師、元日本翻訳者協会副理事長。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。

現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。近年は若手育成のため精力的に執筆活動も行っている。「イングリッシュ・ジャーナル」で『ブースの中の懲りない面々~通訳の現場から』を連載中。