【第2回】フリーランスか、インハウスか

update:2017/11/17

通訳学校で実力をつけて、いざプロデビューというときに決めなければならないのが、いきなりフリーランスになるのか、それともインハウス(社内通訳者)として組織に属するのかという問題です。私自身、この問題に関してよく相談されます。

この問題に適切に答えるには様々な要素を検討しなければならないので、単純明快な回答はできません。けれど、各要素を大きく分けると、①収入ポテンシャルと②経験蓄積について十分に理解すれば自分の目的に適した道が見えてくると思います。一つひとつ見ていきましょう。

インハウス

インハウスの形態や利点等に関しては、こちらの土井拓さんの記事が詳しいので、私はこの記事に書かれていないメリット・デメリットについて敷衍します。

まず年収の相場ですが、土井さんの記事では500万円~1,000万円とありますが、実際にインハウスで最初から1,000万円をもらっている人はあまりいないと思います。おそらく社内で8年~10年近く経験を積んだベテランあたりでしょう。新人はむしろ500万~600万あたりのオファーが多いと思います(時給にして2,000円~2,500円、年収400万円未満の案件も増えてきている印象)。それも通訳業務に加えて翻訳業務も発生し、場合によっては翻訳が8割などという仕事も少なくないので要確認です。

ただ、私は必ずしもこれが悪いとは思いません。質の高い翻訳をするためにはじっくりと時間をかけて思考するプロセスが欠かせないので、特に駆け出しの通訳者には格好の修行になると思います。ちなみに昔と違って今ではインハウスでも未経験OKで採用してくれる会社はあまりありません(パーソナル・アシスタント的な位置づけであればあるかもですが)。

収入ポテンシャルでみると、インハウスはあまり高くありません。実績を積んだフリーランスであれば1,000万円を超える人は少なくありませんが、インハウスでこのラインを超えるのはベテランでも難しいでしょう。しかし、通訳者としての技能にまだ不安を感じている場合は、一つの分野を時間をかけて勉強できるので、環境的には一番でしょう。インハウスで同通(=同時通訳・以下、同様)をする場合、会議室に同通ブースが設置されていることはまずないので、パナガイド等の無線機を使っての生耳同通をするのですが、実はこれ、同通ではもっとも難しい部類に入る形態です。声が通らない人がいたり、通訳者に背を向けてわかりにくい話をする人もいる。このような厳しい同通環境で2年くらい修行すれば、少なくとも同通のヒアリングと反応速度はかなりの実力になっているのでしょうか。ちなみに、同通ができない通訳者は少なくとも日本市場においてはあまり価値がないので、同通スキルは早めに磨いておきましょう。

日本でよく見るJRCの同通機材

いずれフリーランスへの転身を目指す場合は、実力がついたと思ったら早めに動いた方がよいと思います。通訳会社は基本的に、インハウスの実績をまったく考慮しません。おそらく、一つの分野に長けていても、フリーランスに求められる多分野における対応力・柔軟性が未知数なので、ゼロベースで考えて登録するしかないということなのだと思います。当然、その通訳会社で活躍している通訳者の紹介でもない限り、レートは低めに設定されます。このため、最近のキャリア志向の通訳者には1社で最長1年、3年で3社以上経験したいという人もいます。

余談ですが、インハウスは初年度でも有給が11日もらえます(数十万円の価値あり)。労働基準法に守られているので休日勤務は35%増し!このあたりは手厚いですね。

■通訳会社の専属通訳者

通訳学校で素質を見込まれた場合、専属契約をもちかけられることがあります。仕組みは会社によって異なりますが、よく聞くのは月給25万~30万円程度の基本給+稼働給という感じです。稼働日数・時間が保証されている場合が多いので、完全なフリーランスになるよりは安定感があります。

「専属通訳者」と聞くとなにか華があるように聞こえますが、一部の高レートのベテランを除き、通訳会社が一定の実力がある人材を安価で確保する制度と言っても過言ではありません。といっても別にこれが悪いわけではなく、ビジネスとして安く仕入れて高く売るのは基本中の基本です。特に大手通訳会社は案件数が多いので、専属通訳者をある程度抱えていた方が①繁忙期の通訳者確保が容易になり、②利益率も上がる、というメリットがあります。通訳者側のメリットとしては、1年目から毎日のように仕事を与えられますし、中にはベテランと一緒に組んで格が高い国際会議などを担当する機会があります。仕事の保証を与えられながら、多分野での仕事を経験できるのはとても貴重です。

収入ポテンシャルとしてはインハウスよりは少し上だと思います。1年目から多分野の案件を担当できるので、後々フリーランスを目指すのであれば有力な選択肢だと思います。狭き門ですが!

■フリーランス

フリーランスは収入のポテンシャルがこの仕事では最大です。通訳会社の仕事だけ受けている人であれば800万~1,200万円程度でしょうか。通訳者の供給が少ない専門分野をもっていて、さらに直接取引があるクライアントを持っている場合は2,000万近い年収も夢ではありません。

ただし、良いことばかりではありません。毎日のように異なる現場で活動するので、インハウスよりも環境的にプレッシャーがありますし、通訳会社の専属通訳者のようにいざとなったら助けてくれる先輩もいません。むしろ現場では「自分の担当分は何があっても自分で責任をとれ」という空気さえあります。

サウンド周りの機材は通常、同通ブース付近に設置されます

自分のスケジュールは自分で管理しなければなりませんし、安定的な収入確保のためには営業活動も必要でしょう。誰もキャリアマップを描いてくれないので、3年後、5年後、自分がどこに行きたいのか、どのような分野で活動したいのかは自分で決めなければなりません。請求書発行など、事務作業も自分でしなければならず、面倒だと感じる人もいます。

レート設定や交渉も基本的には自分で行うので、厳しい自己評価と一定のビジネスセンスも求められます。市場における通訳者としての自分の価値を適切に見極めるスキルといってもよいでしょう。日本で活動する通訳者の多くは、この部分が甘いと私は思います。おカネの話はしたがらない人が多い印象がありますが、交渉を避けず、主張するべき部分は確固たる根拠に基づききちんと主張するべきです。プロ野球選手の契約更改と同じですね。

以上の情報に基づき、私が駆け出しの通訳者だったらどのような行動をとるかですが、これは価値観の問題もあると思うのであくまでも参考として。

私は①収入の最大化と②自由なスケジュール設定を重要視しているので、最終的にはフリーランスを目指すと思いますが、おそらく通訳学校を出てまずインハウスを選ぶでしょう。というのは、通訳学校の同通環境は現実の同通環境とはかなり異なるので、フリーランスとして通用する同通スキルを得るためには厳しくも(生耳同通)優しい(助けてくれる仲間やリソースがある)環境に身を置いて修行する必要があるからです。3年以内にフリーランスに転身するという目標を設定し、おそらく2年目からは最初に通った通訳学校(学校A)とは別の学校Bに通い始めると思います。別の学校で学ぶことで①講師別の異なる通訳スタイルを学ぶことができますし、②その学校がもつネットワークも活用できる。そして③実力があれば専属通訳者として契約するチャンスも得られるかもしれない(必ずしも専属契約を求めるわけではないけれど、持てるオプションは持っておいた方がよい)。このとき、ダメ元で最初に学んだ学校Aに専属契約のチャンスはあるか問い合わせてみてもよいかもしれません。

運よく専属契約ができたとしても、私はここでも3年以内に完全独立を目標にすると思います。3年以内にフリーランスとして完全独立して活動していく実力と実績が獲得できない場合は、そもそも自分の基礎的な能力不足を疑うべきです。厳しいようですが、それが現実です。

関根マイク

Mike Sekine

通訳者。関根アンドアソシエーツ 代表、日本会議通訳者協会理事、名古屋外国語大学大学院兼任講師、元日本翻訳者協会副理事長。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。

現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。近年は若手育成のため精力的に執筆活動も行っている。「イングリッシュ・ジャーナル」で『ブースの中の懲りない面々~通訳の現場から』を連載中。 

© 2000-2019 ALC PRESS I