【JIF2018】セッションA-2 テレビ通販の通訳 ~いかに心を動かすか

Posted Sep 28, 2018

日本会議通訳者協会(JACI)が毎年開催している、通訳に関する日本最大のイベント「日本通訳フォーラム」。2018年は8月25日(土)に東京・三軒茶屋の昭和女子大学で開催された。現役の通訳者から通訳者志望者、業界関係者など、多くの方が集まった当イベントの中から基調講演を含む、いくつかのセッションをレポートする。

講演日時:2018年8月25日(日)14時15分~15時15分

登壇者:平松里英 HIRAMATSU Rie

メディア・会議通訳者。北アイルランドアルスター大学インターナショナルメディアスタディーズ修士課程、ロンドンメトロポリタン大学通訳科修了。英国ミドルセックス大学のDPSIコース講師。2001年より、QVCジャパンで通販番組のメイン通訳、社内通訳翻訳部の主任として従事。渡英後はBBCワールドやBBC Radio4、BBC1、ITVなどの通訳やボイスオーバーなどに携わる。

登壇者:岩瀬和美 IWASE Kazumi

フリーランス会議通訳者。国際特許事務所で明細書翻訳者として勤務した後、大手通信キャリア社長付秘書に。独立後は首脳会談、EPA交渉からラグビーW杯、東京2020オリンピック・パラリンピック組織委員会、エンターテインメントなどさまざまな分野で通訳を務める。

テレビの通販番組では、外国製の商品が紹介されることも多い。その際、現地のデザイナーなどを「ゲスト」として番組に招き、商品の魅力や開発秘話などを話してもらうことがある。日本語の分からないゲストに付き添って生放送番組に出演し、本番終了までつきっきりで通訳を行う──これが、テレビ通販の通訳者が担う役割だ。

セッションには、テレビ通販での通訳経験が豊富な平松里英さん、岩瀬和美さんのお二人が登壇。仕事内容や現場での注意点、言葉選びのコツなどがたっぷりと語られた。

1.テレビ通販の通訳とは

冒頭、岩瀬さんが過去に出演した通販番組の映像が流された。外国人ゲストが商品について説明し、岩瀬さんが逐次通訳を行う。番組の進行役である日本人ナビゲーターが話している間は、その内容をウィスパリングでゲストに伝える。マイクの音量が落とされるため、視聴者には逐次通訳の部分しか聞こえない。しかし、実際は番組の間じゅう、逐次通訳とウィスパリングとを瞬時に切り替えながら、絶え間なく話し続けているのだ。

「逐次通訳は視聴者のために行うものなので、きちんとした日本語で話す必要があります。一方、ウィスパリングはゲストのため。日本人のナビゲーターが、ものすごいスピードで商品情報や売り文句をワーッと話すので、とにかく速く訳して要点を伝えます」(平松さん)

通訳者は、本番前の打ち合わせにも同席する。ここでは、ナビゲーターと共に、ゲストがどんなネタを持っているか、本番でどんな話をしたいかを聞き出すそうだ。中には3時間という長丁場の番組もあり、事前打ち合わせに2時間かかるとなると、5時間ぶっ通しで訳し続けることになる。体力がなければ務まらない仕事だ。

視聴者に誤った情報を伝えることのないよう、打ち合わせでは「NGワード」も確認しておく。本番でゲストがその言葉を口にしてしまっても、日本語に乗せないよう「濁して」訳すそうだ。また、必要なエピソードをゲストがなかなか話してくれないときには、こっそりとメモを見せて催促するといった裏話も紹介された。

2.環境:スタジオとセット

岩瀬さんが出演した番組では、画面右手にナビゲーター、左手に外国人ゲストが座り、中央に岩瀬さんが座っていた。3人が横一列に並んでいるように見えるが、じつは、通訳者のポジションはゲストのやや後方。ゲストは正面を向いて話すため、後ろで訳す通訳者にとっては声が聞こえづらいという悩みがあるそうだ。

ほかにも、「ソファでは、ふんぞり返って見えないよう前傾姿勢で座る」「立ち姿勢で出演する際は、ほかの出演者との距離が離れたり画面から見切れたりしないよう注意する」などのポイントが紹介された。

3.機器:モニター

平松さんによれば、スタジオのモニターには、「Now画面(現在映っている画面)」と「Next画面(数秒後に映る画面)」の二つあることが多いそうだ。出演者はモニターで進行状況をチェックするが、カメラが切り替わったことに気づかないでいると、あさっての方向を向いているように見えてしまう。このため、Next画面を見ながら「次に何が映るか」にも気を配り、自分が映る画(え)が来るときには自然に話しているように見えるよう向き直る必要がある。

また、モニターは鏡とは異なり、画面右手が実際には左手となる。つまり、モニターを見て右側の髪が乱れていると思ったら、左側を直さなくてはいけない。こうした細かい点も、慣れるまでは戸惑ってしまうかもしれない。

4.機器:音声(マイク)

本番が始まる15~20分ほど前になると、音声さんがマイクを付けに来る。これより前にトイレを済ませておくことは、通訳者にとって絶対に欠かせないそうだ。

「マイクを付けたままトイレに行くと、音が丸聞こえになってしまいます。また、マイクをトイレに落として水没させると、弁償代が高くつきますし、スタッフからの印象や評判も悪くなってしまいます」(平松さん)

「番組の放映時間が長いときは、途中でトイレに行けないので大変。私は、水をあまり飲まないようにするなどの対策をとっています」(岩瀬さん)

 マイクは集音効果が高いため、何気なくノートの紙を触ったり、ちょっと指先が触れたりしただけでも音を拾ってしまうそうだ。柔らかい素材の服は、マイクを付けた際に裏返ってしまい、布地のこすれる音が拾われることも。「できればしっかりした素材の服、ジャケットなら襟部分がしっかりしているものがいいですね」(平松さん)と、具体的なアドバイスがなされた。

5.外見:ヘアメイク、服装

前面に出る役割ではないとはいえ、画面に映る通訳者は立派な「演者」の一人。視聴者に不快感を与えないよう、ヘアメイクや服装にも気を配る必要がある。

「本番中に手で髪を触っていると、鬱陶しく見えます。私は髪が落ちてきやすいので、メイクさんに頼んでスプレーで固めてもらっています」(岩瀬さん)

「普通のメイクだと、テレビ画面では顔色が悪く見えます。メイクさんに見てもらって、少しチークやリップを足してもいいと思います。通訳という裏方の仕事ではあっても表に出ている以上、通訳者として、自信を持ってパフォーマンスできる状態にしておくことは大切です」(平松さん)

 ほかにも、「出演者とのバランスを見て服の色を決める」「真っ黒、真っ赤、純白は避ける」「テレビ画面上でチラつくピンストライプ、クロマキー合成映像で透明になってしまう青、緑も避ける」などのポイントが紹介された。

6.出演者:司会者(ナビゲーター)、外国人ゲスト

テレビ通販の通訳者は、ナビゲーターとゲストの橋渡しをする役割も担う。このため、それぞれの出演者の思惑を常に察しながら、状況に応じた通訳をするスキルが求められる。

「本番終了まであと30秒しかないのに通訳者がずっと話し続けていたら、番組をまとめたいナビゲーターは焦ります。こういうときは、全部を完ぺきに訳しきれなくても、大事なポイントだけ訳してナビゲーターに『渡す』ことも必要です」(平松さん)

「テレビ通販に限らず、普段、通訳の仕事をする上で使えるヒントがたくさんあったのではないでしょうか。特に、話者とのタイミングの合わせ方、間の取り方はとても大切。私自身、テレビ通販の通訳を始めてから、タイミングをうまく取れるようになりましたし、言葉を出すスピードも速くなりました」(岩瀬さん)

まとめ:聞き手の心を動かす言葉選び

セッションのまとめとして、聞き手の心を動かす言葉の選び方について話された。通販番組の目的は、より多くの視聴者に商品の魅力を伝えること。言葉選びにも、ちょっとしたコツがいるようだ。

「『高齢者』はまったく放送上問題のない言葉ですが、番組視聴者の方が高齢者だった場合はどうでしょう?『高齢者の方にも安心して身に着けていただけます』などと言うと、かえって心証を悪くされるかもしれません。私は、『私たちより少し先輩の方』という表現を使っていました」(平松さん)

「thick materialを『ぶ厚い生地』と訳しても、魅力は感じられませんよね。『たっぷりとした』という言葉を使えば、ちょっと美しい印象になります。私は、普段の生活の中でいい表現に出会ったら、後で使えるようにメモしています。同時通訳では言葉を選んでいる余裕がなかなかないかもしれませんが、何か一つでもキラリと光るものがあると、『あの通訳さんの言葉は心に残った』と印象づけることができるかもしれません」(岩瀬さん) ほかにも、安定した音量で話すことや、声帯を痛めない姿勢や声の出し方など、さまざまなコツが時間いっぱいまで語られた。岩瀬さんの言うように、テレビ通販に限らず、あらゆる通訳の仕事に応用できるヒントがた