【第28回】ピースボートでの通訳経験を通じて

満元証さん

update:2017/11/01

通訳学校などを通じて通訳者として必要な技能を身につけたとしても、最初の仕事を獲得して通訳者としてのキャリアを歩み始めるための「第一歩」に苦労するという話を聞くことがあります。一度仕事を獲得してエージェントやクライアントとのかかわりができれば、それが実績となり次の仕事の獲得につながりやすくなりますが、そうしたつながりがない場合は実務経験なしから「あり」へと変える「”0”を”1”にする」という作業が必要になります。

通訳学校で授業を受けたことが半年しかなかった私は、エージェントに人材登録に向かう前に、腕試しと修行を兼ねてNGOピースボートの主催する船旅に通訳担当のボランティアスタッフとして乗船しました。この経験を経て、現在は都内の企業で通訳として勤めています。ボランティアスタッフとしての乗船であり給与は出ないため(乗船費、宿泊費、食費は免除されます)実務経験としてカウントできないかもしれませんが、「”0”を”0.5”にする」ことはできたかと思います。私からは、現在通訳を目指し努力されている方に向けて、実務に近い通訳を経験する方法の一つとして参考になればと思い、ピースボートでの通訳経験についてお話しさせていただきます。

ピースボートをご存じない方のために簡単にご説明しましょう。ピースボートはNGO団体として世界平和の実現に向けた貢献を主な目的とし、これまで30年にわたって船旅を通じた観光と文化体験の場を乗客に提供し続けています。同時に、訪れる地域の人々や社会が抱える問題の解決に向けたプロジェクトを企画・実施しています。年に3回実施される約100日間の船旅に加え、ショートクルーズと呼ばれる約10日間の船旅も年1~2回実施されています。訪れる地域と実施されるプロジェクトは各船旅で異なっており、ショートクルーズを除く通常の船旅では平均20カ国を訪問します。

私が参加したのは2015年の4月から7月にかけて地中海経由でEU諸国と北欧および南米を巡った第87回の船旅でした。終戦から70年の節目となった年に実施されたこの船旅では、広島と長崎の被爆者の方の生の証言を世界各地に届ける「おりづるプロジェクト」が大きな目玉となっていました。

ほかにも、南米の音楽財団に楽器を寄付し音楽を通じた児童教育を支援したり、マダガスカルで植林活動を行ったり、地雷撤去活動の支援を行ったりと、旅ごとにさまざまなプロジェクトが企画され、同じ船旅の中で複数のプロジェクトが進行します。つい先日には、ピースボートが国際運営グループとして関わっている「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」が今年のノーベル平和賞を受賞したため、メディアでピースボートの名前を耳にした方もいらっしゃることでしょう。

私は旅ごとに随時募集される臨時の通訳ボランティアのポジションに応募し、エージェントで行われるような一般的なレベルチェックや面接を経て10人ほどの通訳チームの一人として採用されました。通訳スタッフの主な仕事は、次の寄港地に向かうまでに船内で開かれるざまざまな分野の日本人、外国人専門家の講演の同時(たまに逐次)通訳、日本人の乗客向けに船内で開かれる英語教室のネイティブ講師の補助、また寄港地では乗客が申し込んだ観光ツアーでの現地ツアーガイドの案内の通訳などです。

グアテマラの修道院で現地ガイドの通訳を行う筆者

時折、船内で発行される新聞や資料の翻訳を任されることもあります。通訳が主な役割ではありますが、特殊な環境ゆえにスタッフとして柔軟な対応が求められるため、このポジションはピースボート内ではコミュニケーションコーディネーター、またはCCと呼ばれています。ピースボート事務局も、CCを採用する上では通訳者としての実務経験の有無や能力よりも、人柄やこれまでの人生経験を重視して採用を行っているようです。実際、ピースボートの船旅に集まる方は、乗客とスタッフを含め、老若男女問わずある意味変わった方が多く、自分の芯や目標がしっかりしていて自立的に行動される方が多いという印象でした。

CCにとって対人スキルは大事な能力の一つと言えるでしょう。乗り合わせた乗客とスタッフは、3カ月もの間、日本社会とは物理的に隔絶され多くの時間を共に過ごす仲間となるので、その分、絆も深まりやすく、下船後も友人としてお互いに親交を保つ方が非常に多いようです。私自身も下船後しばらくは仲間のCCや英語講師とシェアハウスをして共に暮らしていました。

人柄を重視してCCが採用されていると書きましたが、だからと言って通訳をする内容がやさしいというわけでは決してありません。私がCCとして乗船した際には、3カ月の航海中に自然、科学、宇宙、紛争、文化などさまざまな分野の専門家がゲストスピーカーとして登壇し、乗客向けに寄港地の理解向上や啓蒙を目的としたプレゼンを行いました。

その内容はトップレベルの現役通訳者が担当するレベルではないかと思うほど難しく、乗船中はほぼ毎日、時間ギリギリで共有されるプレゼンターの資料を必死で読み、1~2時間後のプレゼンに備えるということを続けていました。寄港地につくまでの航海期間中は、船内で毎日午前中から夜まで複数の講演やイベントが文化祭的に同時進行します。そのため、時には一日に三つの講演の通訳を任されることもありました。

寄港地ではツアーガイドの通訳も務めると書きましたが、私が参加した船旅では地中海を越えてから一日ごとに新たな寄港地に到着していました。ピースボートの船旅では寄港地に宿泊をすることはほぼなく、早朝に寄港した場所は夕方には出航します。

そのため、昼間のプレゼンの通訳を終えた夜には、翌日のスペインでのガイド通訳に備えて歴史や文化の知識を徹夜で叩き込み、翌日のツアー終了後の夜には次の日のポルトガル訪問に備えて今度はポルトガルの勉強…という日々が続きました。洋上ではインターネットはほとんど使えないため、限られた情報をもとに工夫して勉強しなければなりません。

通訳の形態も、講演会場の後ろからパナガイドを使用して同時通訳を提供する通訳ブース的な働き方もあれば、パルテノン神殿やマルボルク城など、名だたる世界遺産や景勝地を背後に拡声器や地声で現地ガイドの逐次通訳をすることもあります。時には、船内で開かれるパーティーや出し物の司会の通訳を数百人の前で任されることもあります。

パナガイドを使って船内での講演を通訳している様子

私が一番緊張したのは、ベルギーを訪れた際に「おりづるプロジェクト」の活動に関わってゼーブルージュ市の市庁舎内で副市長の歓迎の挨拶を訳した時でした。副市長は原稿を読みながら話されていたのですが、事前の資料共有もないまま始まり、挨拶の途中に突然「今これを読んでいるからよかったら」と原稿のコピーを渡され、ベルギーの歴史に対する知識もほぼ皆無な状態でサイトラでの逐次通訳を行いました。その後のお酒を交えた懇談会では、いざ乾杯してお役御免という段になって、突然副市長がベルギーの歴史と白鳥にまつわる逸話を引用した乾杯の挨拶を始めました。冷や汗をかきながら訳したのをよく覚えています。

3カ月間の船旅を通じてさまざまな状況下でCCとして働いた経験は大きな財産になっています。聴衆の規模や年齢層、通訳を行う環境と状況、その方法、そして扱うテーマは千差万別で、これほど多様性のある経験はプロになってからもそう簡単に得られるものではないと感じています。特に、ツアー中のガイドの通訳は乗船客に一番近い距離で実力を発揮する機会となるため、乗船客のツアー全体に対する評価にも大きな影響を及ぼします。

ツアー参加者のアンケートカード。
赤く囲った部分に満元さんへの評価が
記入されており、高い評価を得ている。

私はツアーが終わる度、船内にある旅行管理部を訪問し、自分が担当したツアーのアンケート評価をチェックして改善点はないか、またどのような点で喜んでもらえたのかを確認するようにしていました。

全く同じツアーでも、申込人数が多い場合には乗客は複数のバスに別れます。それぞれのバスにCCとガイドが手配され一日の日程をこなしていくのですが、時には「いつも満元さんのバスに乗るようにしていますよ」と声をかけてくださる参加者もいました。通訳を提供する相手との距離が近い分、自分のパフォーマンスの結果や評価がより目に見える形でわかるのもピースボートでの通訳の仕事の特徴だと思います。

時には過酷な環境で体調を崩したり、タイトなスケジュールで思い通りに物事が進まなかったりすることがありますが、このような評価を受けるたびに、「どこかで私の仕事を見て評価してくれる人がいる」ということに気付かされます。こうした評価が励みになり、次も頑張ろう、という原動力になります。

私は大学を卒業後、通訳になる前に一度会社員として勤めたことがありますが、社員として組織の中で仕事をすると、自分の日々の仕事が結果や評価に表れにくいということをよく感じました。通訳の場合は、自分の仕事ぶりは聴衆を見ればすぐにわかります。その分スリルもありますが、自分の努力がダイレクトに結果や評価に反映されるという点では非常にワクワクする仕事だということをピースボートの経験を通じて感じました。企業で通訳チームの一員として会議の通訳を行う今でも、その気持ちを日々再確認しています。

現在、通訳になるべく勉強されている方は、勉強を一通り終えてから現場に出かけるのではなく、今の技術の習熟度にかかわらず、早いうちから通訳を経験できる環境に触れてみることが非常に大事だと思います。一口に通訳と言っても、前述したようにさまざまな環境や形態、テーマで通訳は提供されています。勉強を積むと同時に、今の自分の技術でどこまで通用するのかを客観的に測り、またどのようなテーマが得意なのか、どのような通訳形態が向いているのか、そして何より通訳を通して得られる喜びを今のうちに知っておくことで、モチベーションを高く保ちながら勉強を重ねることができ、また今後のプロとしての巣立ちに備えられるようになるでしょう。その方法として、ピースボートでのCCの活動は良い選択肢の一つとなるのではないでしょうか。

満元証さん

Profile/

都内某企業でデビューを果たし現在キャリア3年目の会議通訳者。那覇商業高等学校在学中、通訳エージェントでのインターンシップで経験した法廷通訳の傍聴がきっかけとなり通訳者を志す。

神田外語大学在学中に通訳法・翻訳法を履修しながら、国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわで通訳ボランティアを経験した後、一度は都内の新卒会社員となるが、一年半で退社。その後オーストラリアでのワーキングホリデーやNGOピースボートでの通訳など、ボランティアをベースとした通訳経験を重ね現在に至る。