【第20回】大学院で同時通訳を学ぶということ

藤井里咲さん

update:2017/03/01

はじめまして。この春に東京外国語大学大学院 英語通訳翻訳実践プログラムを卒業予定の藤井里咲と申します。私はプロの通訳者ではなく、大学や大学院で通訳訓練を受けてきた一学生ですので、本コラムを執筆する機会をいただいて驚くとともに大変光栄に思います。

一般的には、日本で通訳者を目指すなら大学院よりも民間の通訳学校に通う場合が多いです。しかし、近年は、通訳・翻訳学を学ぶことができる大学や大学院も少なくありません。今回は、通訳者を志す皆さんに、大学院で通訳を学ぶことのメリットやデメリット、実際の授業内容についてお話しします。

なぜ大学院で通訳の勉強?

前述のとおり、日本では通訳を学びたければ通訳学校に行く場合が多いので、なぜわざわざ大学院を選んだのかと聞かれることがあります。実のところ、私自身は深い理由があって選んだわけではなく、ご縁だったと思っています。

私は幼いころから翻訳家に憧れていたので、東京外国語大学の英語科に入学後は翻訳のアルバイトなどもしていました。しかし、2年次に初めて受けた通訳の授業をきっかけに、「どうしても通訳の勉強をしたい!」と強く感じるようになりました。

授業後に先生(現役の会議通訳者)に相談すると、「大学と通訳学校のダブルスクールをすれば?」というアドバイスをいただきました。それを聞いて、正直なところ気が進みませんでした。

ここで心が折れるようでは到底通訳者になれない、という突っ込みはさておき、その後大学院の通訳プログラムに進学するという選択肢もあると知って、進学を選びました。腰を据えて勉強できそうだと考え、幸い両親も賛成してくれたからです。今となっては、大学院の良いところも悪いところもわかりますが、当時は何も知らずに選んだと思います。

大学院で通訳を学ぶメリット・デメリット

民間の通訳学校に通ったことがないので比べることはできませんが、自分の経験や周りの話をもとに考えると、大まかなメリットとデメリットはこのようになります。

メリット

  • 少人数のメンバーで和気あいあいと学べる
  • 理論と実践の両方を学べる

デメリット

  • 大学院はエージェントではないので、通訳の仕事の獲得に直結しない

まず大きなメリットは、仲間と一緒に学べることです。通訳学校では、上級クラスを目指して一人で努力することになるかと思います。自分を追い込んで得られることも多いだろうと思いますが、大学院には大学院の良さがあります。私の場合、5名の同期とともに授業の準備をしたり、長期休暇中も勉強会を開いたりすることで、一人で勉強するよりもモチベーションを高めることができました。

もちろん、最終的には個人の通訳パフォーマンスの出来で評価されるため、いつも周りと比べつつ一喜一憂する日々でした。しかしそうした悔しさが、学び続ける原動力になったとも思います。授業内外で助け合い、切磋琢磨してきた仲間は大切な存在です。

次に、理論と実践の両方を学べることも大学院のメリットです。通訳学校は実務家の育成が目的のため、実践を重視すると聞きます。一方、大学院は研究者を志す人の集まる場所ですので、通訳・翻訳理論を学ぶ授業があります。また、修士論文や修士研究というかたちで研究を行うのが必須ですので、私もコミュニティ通訳者について論文を執筆しました。

それと同時に、1年次には逐次通訳、2年次には同時通訳を学ぶという実践の側面もあります。入学時点では通訳訓練を受けていない人が多いので、逐次通訳におけるノートテイキングなどの初歩から丁寧に教えていただきました。また、シャドウイングやサイト・トランスレーションといった勉強法もご指導いただき、授業外の勉強会で仲間と練習しました。そうした授業を経て、2年次には講演会で同時通訳することになりますが、これについては後で述べます。

大学院のデメリットは、すでに書いているとおり、良くも悪くも職業訓練学校やエージェントではないことです。2年間かけて通訳演習だけをバリバリ行うことを思い描く人にとっては、期待外れかもしれません。職業斡旋なども行われていないため、卒業後の進路は自分次第です。私の周りも、企業内の翻訳職・通訳職に就く人、一般企業に就職する人など様々です。ただし、英語力を生かせる場を選ぶ人が大半だと思います。

集大成は、講演会での同時通訳

本学大学院における学びの集大成は、外部から講演者をお招きして学内で講演会を開催し、通訳ブースに入って日英あるいは英日の同時通訳をすることです。こうした講演会を年に数回開いて、当日の通訳に加えて企画・運営から振り返りまで学生主体で行います。私たちは、フリーランスの報道写真家やグローバル企業の代表取締役など、合計4名の講演者をお招きしました。

講演会での実習は、それまでの授業で行ってきた通訳訓練とは緊張感も責任感も全く違います。外部から講演者がいらしているうえに、学生や地域の方、時には通訳関係者の方などが講演を聞きに来ていて、イベント後に回収するフィードバックシートには一人ひとりの通訳者に対するコメントを残していくのです。

コメントのなかには、「自信がなさそうに聞こえる」、「『えー、あー』のようなフィラーが多い」など、率直で耳が痛い指摘も多いです。しかしながら、自分の訳出を顧みて「どうすればわかりやすく伝えられるか」を考えるための貴重な材料でもあります。例えば、同時通訳では発話と発話の間に数秒の空白があるのが一般的ですが、空白が少しでも長いと「言いよどみが多い」と書かれてしまいます。それを見て悔しがっているだけでは何も始まらないので、「次回までにもっと一定のペースで訳せるように努力しよう」とできるだけ早く気持ちを切り替えます。

実際、4回の講演会を経ても、自分の同時通訳は満足できるレベルには達していません。2年間で自分の通訳技術や英語力が本当に伸びたかどうか、不安になったこともあります。ですが、入学以前は「本当に自分にできるだろうか、神業なのではないか」と考えていた同時通訳を学び、実践する機会に恵まれたこと自体、考えてみれば夢のようでした。そして、教員であると同時に第一線でご活躍の会議通訳者や研究者である先生方や、かけがえのない仲間に出会えたことを考えると、大学院での経験は一生の財産です。

最後に

先ほど進路に関して、通訳・翻訳方面に進む人も、そうでない人もいると書きました。私自身、4月からは通訳の世界を離れて就職します。それでも、今までの勉強は無駄ではないし、きっと役立つと確信しています。通訳者になる夢をあきらめたわけでもなく、就職して専門性を高めながら今後どうしていきたいか考えるつもりです。多様な業界の知識が役立つことや、幅広いキャリアパスがあることは、通訳という職業の魅力だと思います。通訳者を目指す皆さん、お互い頑張りましょう!

◎参考情報:東京外国語大学大学院 英語通訳翻訳実践プログラムについて、詳しくはこちら

藤井里咲さん

Profile/

東京外国語大学 英語科を卒業後、同大 大学院 英語通訳翻訳実践プログラムに進み、2017年3月に卒業予定。幼少期、父親の仕事の都合でアメリカに2年間滞在、現地校に通う。

東京外国語大学に在学中は、翻訳や通訳のアルバイトを経験するとともに、3年次にはイギリスのマンチェスター大学で1年間派遣留学を経験。2014年 全国学生通訳コンテスト優勝。この春からの就職先は金融業界。