【第18回】感性を活かした通訳:クリエイティブ業界の場合

佐藤由香さん

update:2017/01/10

クリエイティブ業界で社内通訳を始めた時から意識していたのは、自らの感性を支えに通訳することでした。自分にとって感性とは、英語を習得する前に、音楽を通して培ってきたものであり、語学分野への進路を選ぶより前、バイオリン演奏における訓練を通して身に付いた感性こそが、通訳業務においてパフォーマンスの支えとなってきたのです。通訳キャリア第1章となったクリエイティブ業界での通訳経験と、その支えであった感性について、振り返ってみたいと思います。

プロジェクトの解釈は、楽曲の解釈に似ている

最初にフルタイムで通訳業務に就いたのは、クリエイティブ業界の会社でのことでした。主には映像制作に携わる分野でしたが、感性豊かなクリエイターに囲まれた環境のおかげで、通訳の難しさとポジティブに向かうことができたと思います。

映像制作における通訳経験の中では、主に逐次通訳とウィスパリングをフレキシブルに使い分けることが多くありました。新しいコンセプトやキャラクターのデザインを提示する時は、要点をまとめて逐次で日英双方向に伝えますが、画像や動画資料による説明の時には、ウィスパリングで発話者のスピードを極力追いかけるようにして訳出をしてきました。

プロジェクトのキックオフミーティングにおいて、訳す時に細心の注意を払うのは、プロジェクトの世界観やストーリーの内容、キャラクターの性格に対する解釈です。発言者によるプロジェクトへの解釈を正確に伝えるのに、楽曲イメージを描きながら解釈して演奏につなげる感性が役立ちました。プロジェクトの解釈は、楽曲の解釈と共通するところがあります。どちらも一つの作品を手掛けていく過程であり、制作に至るまでの背景、プロジェクト内容そのもの、そしてキャラクターの理解に及ぶまで、作品のイメージを描きながら解釈していくのです。作者、作曲家に個性があるように、作品には個性があり、その個性を理解することが、通訳業務にも大切な要素となっていました。

例えば、楽曲の解釈で、旋律や演奏の表現に込められる感情を理解する感性を活かして、映像プロジェクトにおけるキャラクターの性格やストーリーに込められた感情を把握し、それをもとに、訳出というプロセスを通して表現することを意識してきました。旋律の特徴を理解するのと同様に、映像プロジェクトにおける特徴も、制作者の気持ちの中に入り込むイメージで理解することにより、作品に寄り添う訳出をすることができます。これは、数値などの多いデータに基づいた資料を、正確に訳す場での通訳とは違う神経を使ってきたように思います。

細かいタイミングを大切にする

映像制作現場での通訳は、ビジュアルな資料が多いことが日常です。会議資料としてミーティングで共有される動画や静止画が資料である時は、画像に映し出されるイメージや内容を汲み取りながら、話される内容を通訳することがとても大事なことでした。場面全体、背景やキャラクターの表情に関する打ち合わせの場において、色の濃淡に関する微妙な違いの比較に関するディスカッションを通訳する時など、発話者の意図することを汲み取ることに、とても神経を使う現場であったと思います。

さらに、動画の場合は、動きが映像の印象に与える影響が大きいため、キャラクターの喜怒哀楽をどの程度のタイミングと時間の長さで表すかが、方向性を決めるのに重要なことも多くあります。24分の1秒単位で、画像のフレーム毎にタイミングを計る細かさは、楽曲の演奏における間の取り方に似ています。バイオリンの楽曲を弾く時に、伴奏者と間合いを合わせた時と同じような注意を払って通訳にあたることもありました。その時に、より適切な表現で訳出するための言葉選びは、正に、楽曲演奏時の表現スタイルを選ぶことにとても近かったと思います。

例えば、音楽で、旋律の区切れにある一瞬の休符も、大事な演奏の一部であるように、映像における表現でも、動きが止まる一瞬の間もキャラクターや場面から伝わるメッセージがあります。一瞬の休符や動きが止まる画像、いずれもそこに流れる息遣いがあり、それに対する最適な演奏方法や言葉を選ぶのは、より良い表現を求める姿勢そのものなのです。映像プロジェクトも楽曲演奏のように、細かいタイミングを大事にしつつ表現する方法が、通訳では訳出、音楽では演奏というパフォーマンスを通して表現されていくのだと思います。

通訳に役立った演奏経験

音楽的感性を活かす一方で、通訳形態毎に分けて振り返ると、逐次通訳の場合、適切な訳出をするべくメモを取り、強調される部分を明確にすることを心掛けるのは、他業界での通訳業務とさほど変わりはありません。私が経験したクリエイティブ業界における通訳の時には、ビジュアル資料を提示しながら進める会議の場合、画像を上下左右、又は発話者が指摘した部分ごとに区分分けして捉え、各部分によって話された内容をまとめていました。

ウィスパリングの場合は、ほぼ同時に訳出していくので、発話者がポインターや指先をあてた画像の部分を順になぞりながら、フォローするように訳していきます。時には、発話者であるクリエイターがキャラクターの性格を演じるようにして話すこともあり、その場合は、声の抑揚を発話者が特徴づけたスタイルに近付けて訳出し、話すスピードや音の高低などを似せる感覚で訳すこともありました。このような状況で通訳する場合においては、ウィスパリングや同時通訳の時に働かせる、もうひとつの感性があります。それは、耳から入る情報を処理しながら自らアウトプットしていく時のことなのです。

冒頭に触れましたが、私自身は、バイリンガルになる何年も前、バイオリン奏者を目指して練習していた時期があり、本番の舞台で弾く時に、他の楽器奏者と共に演奏する機会が多くありました。その頃に、ウィスパリングや同時通訳時における神経の使い方と似たようなことをして演奏した経験があります。他の演奏者が奏でる旋律を聞きながら、同時に自らも演奏していく状態にあることです。この様な演奏経験が、ウィスパリングや同時通訳に役立つとは、通訳業務を経験するまで考えたこともありませんでしたが、耳から入るインプットと、自らが発するアウトプットを同時進行で処理することが、楽曲演奏の経験のおかげで、身近に感じられたことは、通訳をする上で、すごく助かっていると思います。

音楽の旋律も英語も、私にとっての母国語である日本語とは異なる音源情報であり、通訳になる前、英語を話すようになる前から音楽を通して耳を鍛えていたことが、結果として通訳に役立っているのに気付くことができました。

準備のレベルがパフォーマンスに影響を与える

思い出に残る経験は、駆け出しの頃のお話です。技術的な知識が限られていて訳出表現に悩んでいた時に担当させて頂いたのは、アート、コンセプトに関する通訳でした。コンピュータグラフィックにおける技術的な用語が少なく、絵画に対するコメントを発する様な姿勢で話されていたため、プロジェクトの物語性やキャラクターの性格を解釈しながら、画像の全体的なイメージについて話し合う現場での通訳でした。アート面でディレクターを務める海外アーティストの目線から発せられるコメントの一語一句が、シンプルな言葉であってもインスピレーションにつながることが多くありました。キャラクターや場面の解釈など、目線の置き方が、他のプロジェクトにも参考になり、とても密度の濃い貴重な通訳経験となりました。キャラクターの感情を、各場面における配置上の距離感や奥行きで、どのように表現するかなど、言葉や動きからだけではない表現方法があることを知ることが出来たのは、休符や動きが止まるような一瞬の間をいかに表現するかにもつながるところがあったと思います。

感性の話から少し離れますが、思い出に残った経験をもうひとつ。事前の準備が、通訳のパフォーマンスのライフラインとなることを痛感した経験です。監督を務められているある方の通訳を、偶然ながら2回にわたり担当させて頂いたときのことでした。1回目は、その方が話すことを海外からの来客に対して英訳でウィスパリングするのですが、限られた情報から事前に調べて単語リストを作るのに手間取り、訳出が苦しくなった瞬間に、「そこをちゃんと訳して!」と指摘されてしまいました。ペースを取り戻すのが大変な状態のまま最後まで進めましたが、正に、準備のレベルがパフォーマンスに影響を与える、反省の場となりました。

その数カ月後に、再び同じ方への通訳にあたる機会があり、苦い経験を振り返って、出来る限りの準備を整えました。今度は、逐次で、直接その方の話すことを確実に相手先となる海外のアーティストに伝えるテレビ会議の場でした。関連分野の単語リスト作りと、会議の出席予定者たちが興味を持ち得るアーティストや作品のタイトルなどをできる限りノートにまとめて、監督をはじめ、プロデューサーやアーティストが同席する会議に臨みました。

「前回の経験を引きずるまい」と気持ちを切り替えて、挨拶の言葉から始め、監督の方と向き合い、画面に映る相手先の海外アーティストとのテレビ会議に入りました。その時の通訳の中で、話のつなぎに交わされる余談の部分を訳出する場があり、そこで訳出した内容が、アジェンダ間の流れをスムーズにさせる一コマもありました。終始和やかに、話が進み、双方が望む結論に達することのできた会議で、席を立つときに「話がまとまって良かった」と話し合う出席者たちの表情を見て、安心と共に達成感を得られたのを今でも思い出します。

余談のところで、出席者から確認を求められた時、即答に役立ったのは、他でもない、アジェンダをもとに話の及ぶ範囲を最大限イメージしながらノートを用意したことでした。そこで出席者の方々に安心して本題の話に戻って頂き、結論が出されたことは、自分にとっても、事前準備の大切さを改めて認識する、貴重な経験の場でした。感性とは直接的な関係はないかもしれませんが、強いて言えば、クリエイティブな人達が余談を通してインスピレーションを得るタイミングを感じ取るのに、楽曲演奏時のアドリブの様なひらめきが、事前準備のノートと共に助けてくれたのだと思います。

感性を磨くことが通訳に活きる

クリエイティブ業界での通訳は、画像や動画から多くの情報を読み取りつつ、クリエイターの考え方を理解して、彼らが表現することを忠実に伝えることが、大きなミッションのひとつです。映像などのビジュアルをベースとした資料から、インスピレーションを得る感性をもつクリエイター達に寄り添う通訳として、彼らと仕事を共有する接点を持つきっかけとなったのは、音源からインスピレーションを得る感性でした。クリエイター達が映像から想像力を膨らませる傍らで、私は映像と共に流れる音声や音楽から想像力を掻き立てて、彼らと共に作品の世界に入り込むようにして通訳をしてきました。

通訳キャリア第1章として過ごした年月は、他の業界や様々な分野の場に就いても、礎として、自らの支えであることは間違いありません。第2章は未開拓の分野で始まったばかりで、新しい知識を吸収しながら、小さなステップを重ねています。この先、どのようにして感性を活かしていくのか、新しい環境で思案を巡らせているところです。英語より長い年月を通し、音楽によって培われてきた感性を活かす場や、感性を磨けるような刺激のある環境に興味があるので、クリエイティブは勿論のこと、様々な業界においても、感性の息づく場に飛んでいってみたいと思うこともあります。そこで、色んなことを吸収し、感性の息づく表現ができるようになりつつ、感性と共に成長し続けたいと願っています。

佐藤由香さん

Profile/

語学講師(英語、日本語、ドイツ語)、企業勤務を経て、クリエイティブ業界においてフルタイムの通訳業に就く。国内の大学(学士)、アメリカの大学院(修士)をドイツ語専攻にて修了、音楽高校時代は、バイオリンを専科として卒業する。現在、通訳・翻訳業務における専門領域を広げるべく、新たな分野で実務経験を重ねている。