【第7回】チャーリーの金融英語「ブラック・スワン」(2)Unknown unknownsをめぐる余話

(執筆 2021年5月5日)

第6回はこちらから

1.新型コロナウイルス危機は、ブラック・スワンあるいはUnknown unknownsか。

So was the COVID-19 pandemic a “Black Swan” event, or an “unknown unknown”? Actually neither. As I mentioned above, the risk of a pandemic was fully known and recognized by the world political, corporate, and risk management communities and documented in the WEF report- it was simply not taken seriously enough by decision makers, until it had manifested itself strongly in terms of death rate.

(拙訳:それでは新型コロナ危機は「ブラック・スワン」イベント、あるいはUnknown unknownsだったのか?現実にはどちらでもない。上に述べたように、パンデミックのリスクは世界中の政府、企業、リスク管理コミュニティー、世界経済フォーラムの報告書によっても十分に認知されていたからだ。ただ、意思決定者たちがまともに受け止めていなかっただけなのである。高死亡率という形で自分たちの目の前に突きつけられるまでは)。

(”The Known Unknowns” – Some Food for Thought – for business leaders,  Ascent works Partners https://www.ascentworks.com/post/the-known-unknowns)

上の記事は経済コンサルティング会社の(恐らく)代表者によるブログ(2021年2月21日付)だ。世界的に流行して甚大な被害をもたらす感染症の危険性は世界中に認識されており、世界経済フォーラム(WEF)のレポートでも指摘されていた。にもかかわらず誰もCOVID-19を致死率と伝染性の非常に高い深刻な感染症だと真剣に捉えていなかったということだ。

新型コロナウイルスはブラック・スワンでもUnknown-unknownsでもなく、前回取り上げた「黒い象(Black Elephant)」または「灰色のサイ(Gray Rhino)」、あるいは「テールリスク(Tail risk)」ということになる。テールリスクは今やテレ東のモーニングサテライトでは注釈なしに使われるようになってきているが、要するに「発生確率が非常に低い(滅多に起きない)けれども起きたら甚大な被害の生じる危険性」のこと。ファット・テールリスクとも言う。

さて、今回取り上げたいのは、ブラック・スワンと同じ意味で使われることの多いUnknown unknownsだ。「未知の未知」「知らないことすらわかっていない」等々と訳されることが多いが一体その意味は?

2.発端はラムズフェルド元国防長官の記者会見

大元はラムズフェルド元国防長官が2002年1月(2001年9月の同時多発テロ事件の4カ月後、イラク戦争は2003年3月から)に行った記者会見での発言の記者会見だ。

” Reports that say something hasn’t happened are always interesting to me because as we know, there are known knowns: there are things we know we know. We also know there are known unknowns: that is to say we know there are some things [we know]we do not know. But there are also unknown unknowns—the ones we don’t know we don’t know. And if one looks throughout the history of our country and other free countries, it is the latter category that tends to be the difficult one..”

https://papers.rumsfeld.com/about/page/authors-note

(「物事が起きていないとする報告に、私はいつも強い関心を覚えます。なぜならご存知の通り、世の中には「知っていると知っていること<known knowns>」があるからです、これは、自分がそれを知っていると自覚している物事のことです。あるいは「知らないと知っていること<known unknowns>」があることも私たちは知っています。すなわち、自分が知らない(と自覚している)物事が世の中にはあることに私たちは知っています。そしてまた「知らないと知らないこと<unknown unknowns>」もあります。――これについて言えば、私たちはそれを知らないことを自覚していません。そして、我が国を初め他の自由諸国の歴史を振り返るならば、最も難しいことが多いのが、この最後の種類なのです。)

(ドナルド・ラムズフェルド著『ラムズフェルド回顧録――真珠湾からバクダッドへ』江口、月沢、島田訳(幻冬舎)pp9-10)

2011年に発行した回想録は原題がKnown and Unknownで、その書き出しはAn internet search of “known unknown” in the autumn of 2010 resulted in more than three hundred thousand entries, a quarter million of which were linked to my name.(2020年秋、インターネットで「known unknown」(自分が知らないと知っていること)という言葉を検索したところ、30万件を超えるヒットがあった。そのうちの25万件は私のラムズフェルドという名前と関連がある)(原文はhttps://papers.rumsfeld.com/about/page/authors-note、この部分の訳文は同訳書p9)で始まり、上の記者会見の発言へと続く。unknown unknownsについては、次のように書いている。

The category of unknown unknowns is the most difficult to grasp. They are gaps in our knowledge, but gaps that we don’t know exist. Genuine surprises tend to arise out of this category. Nineteen hijackers using commercial airliners as guided missiles to incinerate three thousand men, women, and children was perhaps the most horrific single unknown unknown America has experienced.

(最後の「知らないと知っていないこと」が最も理解しにくい。これも知識の隔たりであるが、その格差の存在に私たちは気づいていない。純粋な驚きはこの種類から生まれる。19人のハイジャック犯が民間機を誘導ミサイル代わりにして、三千人もの市民の命を奪った惨事は、我が国が経験した最も恐ろしい「知らないと知っていないこと」だろう

(同書p10)

Unknown unknownの訳語「知らないと知っていないこと」、ちょっと長くね?インターネット検索等で調べると「未知の未知」なんて訳語が見つかったりもする。あれ、似たような言葉をどこかで聞いたことあるぞ、あ、「無知の知」?と思ってみたりもする。Unknownが「知らない」でUnknownsが「知らないこと」なのだから、「結局何も分からない、知らないことすら分からない、ブラック・スワンと同じこと」なのだと理解しておけば何となく飲み込めたような気がする。ま、いいじゃないか、新型コロナウイルス感染症は「ブラック・スワン」でも、Unknown unknownでもなかったんだし……

ただ、ラムズフェルドさんの文章(訳文も含め)を読んでいると、known unknowns、あるいはunknown knownsという言葉も出てくる。

3.事象を識別可能性Identifiability)と確実性(Certainty)で4つに分類する。

上の訳文では、known unknownsについての説明も出てくるが、何となく分かったような、分からないような解説で、もしかしたらご本人もどこまで分かっていたか定かではない雰囲気もあるのだが、何しろラムズフェルド氏の発言が発端となって、リスク管理分野の研究者の間で「リスクの性格」に関する研究論文がいくつも発表されている。その中で私の頭にストンと落ちた次の論文を、頭の整理のために紹介しておきたい。

A typical classification of risks is based on the level of knowledge about a risk event’s occurrence (either known or unknown) and the level of knowledge about its impact (either known or unknown). This leads to four possibilities (Cleden, 2009)

・Known–knowns (knowledge),

・Unknown–knowns (impact is unknown but existence is known, i.e., untapped knowledge),

・Known–unknowns (risks), and

・Unknown–unknowns (unfathomable uncertainty).

(“Characterizing unknown unknowns” by Kim, S.Dae, Conference Paper , October 23, 2012, Project Management Institute)https://www.pmi.org/learning/library/characterizing-unknown-unknowns-6077

(拙訳:リスクは、あるリスクイベントの素性とその影響が確認できれている否か(the level of knowledge about its impact)、およびそのイベントの発生確率が高いか否か(the level of knowledge about a risk event’s occurrenceによって、4つの可能性が導かれる。

  • それが何かを確認でき、かつ間違いなく発生(存在している)する事象(知識)、
  • それが何かを確認できないが、間違いなく発生する(その影響はわからないが、存在していることは分かっている。つまり、未開拓の知識)、
  • それが何かを確認できるが、発生するどうかが全くわからない(リスク)、
  • それが何かを確認できず、発生するかどうかも全くわからない(得体の知れない不確実性)

上の本文の後に、次の表がついている

Certain(Known)Uncertain(Unknown)
Identified(Known)Known known
(identified knowledge)
Known unknown
(identified risk)
Unidentified(Unknown)Unknown known
(untapped knowledge)
Unknown unknown
(unidentified risk)
Exhibit 1: Schematic Structure of Modified Risk Categorization

(“Characterizing unknown unknowns” by Kim, S.Dae, Conference Paper , October 23, 2012, Project Management Institute)https://www.pmi.org/learning/library/characterizing-unknown-unknowns-6077

KnownとかUnknownという英語に引きずられて表の意味がわかりにくくなっているかもしれないので、少し書き換えるとこういうことになると思う。

(私(鈴木)が改定した表)

Certain(Known)Uncertain(Unknown)
Identified(Known)Known knowns
=Identified and certain events
=Knowledge
Known unknowns
=Identified but uncertain events
=Risks
Unidentified(Unknown)Unknown knowns
=Unidentified but certain events =Untapped knowledge
Unknown unknowns
=unidentified and uncertain events
=Unidentified risks (unfathomable uncertainty)

日本語で説明しておくと、こういうことになりそうだ。

Known knowns=Identified and certain events:「それが何か(その影響も含めて)が分かっており、かつ確実に発生(存在)する事象」=知識

Known unknows=Identified but uncertain events:「それが何か(その影響も含めて)が分かっているが、発生(存在)するかどうかも、発生(存在)するとしたらそれがいつなのかもわからない」=リスク。インターネット検索等すると「既知の未知」という訳語が出てきますが、何のことやらさっぱり理解できないですね。前回述べたように、新型コロナウイルスの存在(可能性)は既によく知られていた。わからなかったのはタイミングである。その意味でテールリスク、黒い象、灰色のサイだったわけだ。

Unknown knowns Unidentified but certain events:「それが何か(その影響も含めて)が分からないが、間違いなく発生(存在)する」、未開拓の知識

Unknown unknowns=unidentified and uncertain events:「それが何か(その影響も含めて)が分からず、発生(存在)するかどうかも、発生(存在)するとしたらそれがいつなのかもわからない」

このように理解していただければかなり分かりやすくなったのではないだろうか。前の形容詞部分のknown/unknownをidentified/unidentified、後ろのknowns/unknown部分をcertain/uncertain eventsと読み替えれば頭が混乱しなくて済むと思います。

4.最後に、Unknown unknownsをどう訳す?

「未知の未知」と訳すのは文字通りの直訳(?)で安易ではあるが、「な~んにもわからないもの(こと)」という意味では、結果オーライかもしれない。「確認できないリスク」あるいは「得たいの知れない不確実性」、あるいは「ブラック・スワン」(Unknown unknowns)と理解してその時々の訳語を考えるのもあり。ただし、Known unknownsを「既知の未知」、Unknown knownsを「未知の既知」と直訳するのは、僕は抵抗ありますねぇ(頭がこんがらがります)。前者は単に「リスク」あるいは確率が低ければ「テールリスク」。後者は「未確認の物体(事象)」でいかがでしょう。

(余談)無知の知(ついでの知識ということで・・・)

Unknown unknownsを「未知の未知」と混乱しそうなのがこの言葉。{無知の知}または「不知の自覚」、英語ではAwareness of Ignoranceという意味のようで、Unknown unknowsとは全く関係ありませんのでご注意を!

「無知の知」とは?大学教授がソクラテス哲学をわかりやすく解説【四聖を紐解く④】

https://www.toyo.ac.jp/link-toyo/culture/socrates/


鈴木立哉(すずきたつや)

金融翻訳者。あだ名は「チャーリー」。一橋大学社会学部卒。米コロンビア大学ビジネススクール修了(MBA:専攻は会計とファイナンス)。野村證券勤務などを経て、2002年、42歳の時に翻訳者として独立。現在は主にマクロ経済や金融分野のレポート、契約書などの英日翻訳を手がける。訳書に『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版)、『Q思考――シンプルな問いで本質をつかむ思考法』(ダイヤモンド社)、『世界でいちばん大切にしたい会社 コンシャス・カンパニー』(翔泳社)、『ブレイクアウト・ネーションズ』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)など。著書に『金融英語の基礎と応用 すぐに役立つ表現・文例1300』(講談社)。