【第2回】はじめての通訳~通訳と訓練方法に対する誤解「英会話ができれば通訳できますよね?」

答え

できません。


なぜこのような質問が?

まず、通訳に対する無理解が根底にあるように思います。「人間自動翻訳機」あるいは「語学変換パイプ(左から外国語を吹き込むと右から訳語が出てくる)」と勘違いされている方もいらっしゃいます。確かに技術がかなり進歩し、自動翻訳機の精度はかなり向上しました。特に英語の音声認識技術は人間レベルにまで到達したと言われています。ただ、1つの言葉でも複数の意味を持ち、それぞれ使われる揚面で意味が全く異なります。意味を使い分ける能力までは技術は発展していないようです。また、使った方はご存知でしょうが正しい構文を入力しないと原文とかなりかけ離れた訳が表示されます。

次に言葉を習得することに対する無理解が根底にあるように思います。コツさえ教えてもらえれば英語がペラペラになると思っている方が依然として多数いらっしゃいます。

ここで、内田樹氏の記事を引用します。一部だけ引用しますが、ぜひ全文を読んでみてください。私が日頃抱えていた疑問を解消してくださっておりすばらしい内容です。

英語を最小の学習努力で習得しようとする費用対効果志向と、日本語はもう十分できているので、あとは量的増大だけが課題だと高をくくっているマインドセットは根のところでは同じ一つのものである。

どちらも言語というものを舐めている。

言語というのは「ちゃっちゃっと」手際よく習得すれば、労働市場における付加価値を高めてくれる技能の一種だと思っている。

そこには私たちが母語によっておのれの身体と心と外部世界を分節し、母語によって私たちの価値観も美意識も宇宙観までも作り込まれており、外国語の習得によってはじめて「母語の檻」から抜け出すことができるという言語の底深さに対する畏怖の念がない。言葉は恐ろしいものだという怯えがない。

では何が必通訳に対する理解 –

先ほど、「1つの言葉でも複数の意味を持ち、それぞれ使われる場面で意味が全く異なる」と書きましたが、ある言葉が今通訳している揚面でどういう意味を持ち、どのような揚面で使用しているかを認識するには背景知識が必要です。

例えば、以下の内容を通訳してください、と言われて背景知識なく通訳できますか?

・現在A国で対応していますが今回のB国プロジェクトとA国プロジェクトは別件ですか?

・A国のセットは**Gの高速TOSAですがB国のセット詳細の確認をお願いいたします。

・1mmベアの固定方法を聞き出してください。

専門用語がいくつかある上(**Gの高速TOSAなど)省略されている単語があります(ペア、など)。さらに主語が不明(「現在A国で対応していますが」)、使用されている場面が想像しにくい(「固定方法」)など、容易に訳せないことがわかります。

しかも、文字に起こしているから簡単に見えますが、実際に聞くとさらに情報が凝縮されて聞こえます。人が平均話すスピードは1分間に300文字と言われています。上記の文字数は106文字ですから、訳20秒で上記の内容を話し、しかも早口の人なら20秒以内で上記の内容を話し終えることになります。

実際、話者はもっと長い時間話すでしょうから予め内容を理解しておかないと英訳する前にそもそも日本語が理解できない、いわゆる消化不良を起こしてしまいます。

では何が必要?- 言語に対する理解 –

高い英語能力が必要なのは当然であるとして見落としがちなのが母語である日本語力です。日本語力とは、しっかり日本語を理解し使える力のことで、相手や場面に応じた言葉の使い分けや、語彙力、表現力などを指します。

試しに街中に出て電車に乗っているとき、歩いているとぎ、食事中の他人同士の会話をよく聞いてみてください。話している内容が本当に理解できますか?

普段から限られた人との間でのみ話していると語彙力や表現力が落ちてきます。そこでのやりとりは親密な間柄の「おしゃべり」に限られ、丁寧な言い回しや敬語といった配慮表現がなく、言葉を尽くして伝えることをしないからです。

さらに通訳は聞き手や会議の目的、状況に応じて訳し方を変えています。

例えば、VIPや身分の高い人が出席するイベントの通訳と会社の社内会議とでは、訳出の際の言葉選びが異なります。ぞのため、通訳者には「場面に応じた表現力」が求められます。

案件ごとに最適な日本語の表現を使い分けるためには、高い日本語力が不可欠なのです。


終わりに

通訳と同じ専門職として美容師を想像してみてください。ご自身やご家族の髪を切ったり染めたりする方々がいるくらいですから、がんばってやろうと思えばできそうな気がします。それでも、「ただ切ってもらえばいい」「適当に染めてもらって」「ちゃちゃっと」などという依頼はしませんよね。

現に美容師は国家資格ですし、美容師になるのに相当な訓練を積まなければならないはずです。早朝や夜遅くに美容院の前を通りかかると見習いと思われる方がカットの訓練をしているのを何度も見たことがあります。

日本人はもともと職人に対する畏敬の想いが強いと思います。ですから一歩踏み込んで語学の専門家、語学職人である通訳者までその想像力を広げて欲しいところです。

次回も英語力に関する質問を取り上げます。


菊池葉子(きくち ようこ)

英語通訳者、英語講師、京都女子大学非常勤講師。2008年通訳デビュー。主な通訳分野は技術、IT, 建築、IR。2011年に通訳学校卒業後、同年通訳学校の講師として稼働開始。主に通訳初心者向けの授業を担当。また、2015年より大学講師として会議通訳演習を担当。受講生からは、最初から順を追って丁寧に指導してもらえる、飽きさせない授業をしてくれる、との評価を受けている。