【第10回】はじめての通訳~通訳と訓練方法に対する誤解「口を動かす訓練が苦手です。どうして目を動かす訓練が必要なのですか。」

* ここでいう「口を動かす訓練」とは、音声による訳出訓練、スラッシュ・リーディングなどの口頭訳出のことをいいます。

答え

英語に対する瞬発力を身につけ、正確に情報をつかむために必要です。

なぜこのような質問が?

最初にこう質問されたときには大きな「?」マークが頭の中に浮かんできてしてしまいました。私の周りにいる通訳者といえば「話すのが大好き」「(自称)口から産まれてきた」方が大半だったからです。そのように質問してきた受講生達と話をし、よく観察するとおおまかに2つのタイプに分かれることがわかりました。

(1)翻訳を中心に学習/仕事をして人前で話すことに慣れていない

(2)囗を動かす訓練の重要性がよく理解できない

(1)の場合、さらに(a)声が小さい(b)伝わりやすい話し方をするのが苦手、もしくはその両方という場合に分けられます。

(a)の方の場合、授業中に講師から「えっ」と言われて「びくっ」としさらに自信がなくなって声が小さくなってしまいます。この「えっ」は単によく聞こえなかっただけで内容のことを指摘していないにもかかわらずです。また、乱暴な言い方をすると堂々と発言した受講生の方が多少の間違いもスルーされる(大目に見てもらえる)ことがあります。

これについては通訳学校などでときどき開催されるボイストレーニングに参加するのもおすすめです。

「声が小さい」と言われると私たちはとかく声を張り大声を出しがちですが、それではうるさいだけで相手に伝わらないことがあります。ボイストレーニングでは効果的なのどや声帯の使い方、声圧について教えてもらえます。

また、ある年齢層以上に対しては声が高い、早口の方の声も伝わりにくいことがあります。ボイストレーニングではこれらの欠点を解消するような通訳らしい声の出し方も伝授してもらえます。

(b)の場合、日本の教育方法にも問題があるのかもしれません。私の経験を通じても、「人前で話すこと」を教わったことがありません。大学のスピーチ/演説クラブ以外では①スピーキングを体系的に教えていたコースは当時なかったですし、②スピーキングの練習量も少なかったように思います。米国でしたら”Show and Tell”といった、クラス全員の前に立ち、おもちゃ、思い出の品、家族の写真など、自分にとって大切なものをクラスメイトに披露し、「これは何か」「なぜこれが自分にとって大切なのか」を説明することがありますが、日本の学校で学んだのは自分が書いてきた作文を人前で読むくらいだったと記憶しています。

実は私も人前で話すのを苦手としており、積極的に人前で話す機会を作って慣れるように試みたことがあります。当時勤務していた会社では朝会に持ちまわりで所感を述べることになっていたので、その機会を増やしてもらう、観光協会でのボランティアでの案内/ガイドを務めるなどしてとにかく人前で話す機会を増やしました。

(b)と思われる方は意識して人前で話す機会を作ることをお勧めします。目安は緊張してもパフォーマンスに影響を及ぼさなくなる程度、もしくは周りの人が緊張に気付かない程度まで慣れることです。

ここで問題とすべきは(2)の方です。

なぜ囗を動かす訓練が必要か

音源を聞いていて、「なんとなくわかったつもり」になっていてもいざ日本語にしようとするとまったく訳せなかったことはありませんか?以前の記載と重複しますが、訓練をしないと聞いてから日本語にする過程で相当数の情報が落ちてしまいます。この状態を脱するためには繰り返し、意識せずとも日本語が出てくるまでアウトプットの訓練を繰り返すしかありません。

これが、口頭訳出訓練の意図です。

リーディングの大切さを通じて訓練の意図を理解し納得して口を動かす訓練に取り組んでくれればいいのですが、「ある程度」訳せる人―自分がある程度できると思っている人―は熱心に取り組んでくださらないことがあります。

現揚では一語一句訳するよりも要約やまとめて伝えた方がいい場合もあります。その状況に慣れてしまうと単語の拾い聞きで「なんとなく」訳出する悪い癖がついてしまいます。拾い聞きでもそれなりに訳出できるので、口頭訳出訓練の意味を理解してもらえません。

しかし、100%という高みを目指してようやく70~80%に到達するくらいですから、最初から70%を目指したのではさらに精度が落ちて結果として訳出される内容はオリジナルの60%くらいの精度になってしまいます。

また、失礼ながら「ざっくり訳」に慣れてしまった人が別の現揚で通訳をすると実は「落とした内容に」重要な要素が入っていて、情報を落としたことにより、どんどん会話の内容がかみ合わなくなってしまった、という事例を見たことがあります。

口頭訳出訓練の目安は?

口頭訳出訓練をするとして、どの程度あるいはどのような訓練をすればいいのでしょうか。紙の教材を使用する場合、1週間でA4で1枚~3枚が目安です。1週間に「少なくとも」2回は口頭訳出してください。2回はあくまで最低ラインですから2回しか読めないときは1回分で相当集中して読みます。

2回読む場合、1回目は蛍光ペンを使い、わからない/訳が出てこない単語をマークします。

そして納得いくまで辞書やインターネットなどで単語を調べます。

時間がないときは1回口頭訳出し、苦手なところだけ集中して何回も読みます。またエア

口頭訳出(頭の中で声に出して読むこと)も有効です。

終わりに

この原稿を書きながら「口を動かす訓練が苦手」だと言われたときの授業の状況を思い起こしています。

人は慣れない訓練をするように言われると拒絶反応を起こし、訓練して「こんなので役立つのだろうか」と思い、成果が出ないとすぐにあきらめがちです。

さらに口頭といった形に残らないものより形に残るものに重きを置く傾向があり、訳を紙に書こうとする人もいます。

しかし、訓練しで成果が出るまでに一般的に3ヶ月かかると言われています。だまされたと思って集中して毎日一定時間取り組んでいただきたいです。

次回は、今回の質問とは180度違う側面からの話をします。


菊池葉子(きくち ようこ)

英語通訳者、英語講師、京都女子大学非常勤講師。2008年通訳デビュー。主な通訳分野は技術、IT, 建築、IR。2011年に通訳学校卒業後、同年通訳学校の講師として稼働開始。主に通訳初心者向けの授業を担当。また、2015年より大学講師として会議通訳演習を担当。受講生からは、最初から順を追って丁寧に指導してもらえる、飽きさせない授業をしてくれる、との評価を受けている。