【第5回】建築現場は今日も晴れ!「“Creative”とは?テーマパークの見えない苦労」

大型テーマパークは、建築分野の通訳にとっては現場を経験させていただける貴重なお得意さんです。建築分野の仕事をしていると、設計段階や工事進捗の打ち合わせは頻繁にあっても、自分が現場に出て通訳する場面というのは意外に少ないものです。それは、プロジェクトにおける外国人の関わりが、施主であったり、設計者、インテリアデザイナーであったりするからなのですが、テーマパークのプロジェクトでは、スーパーバイザーやエンジニアたちも多くやってきて現場で指示を出したり、時には一緒になって作業したりするため現場での通訳が発生します。これが通訳にとっては何にも代えがたい貴重な経験となります。いくら専門的な単語を何百と覚えても、実際の作業を目にするのでは理解に雲泥の差が付きます。まさに「百聞は一見に如かず」なのです。

テーマパークの内外装に欠かせないのは、特殊塗装(character paint/scenic paint)や製作物(props/showsets)と呼ばれるものです。ファサード(façade)と呼ばれる外壁も、テーマ性を持たせるために、特殊塗装を施します。これをエージング塗装と呼びます。エージング(aging)とは言いながら、単に古びた感じを出すことを言うのではなく、その建屋に固有の個性を持たせる手法を言います。

エージング塗装はいくつかの層に分かれています。まず、ベースペイントといって最初に基本となる色をべた塗り(single color paint)します。そしてその上にそのファサードのテーマに沿って、色々な特徴をつけていくのです。例えばニューヨークにあるようなレンガ造りの建物を模した壁だと、老朽化して薄汚れた感じを出すために、レンガ一つ一つにダークな色味のペイントを水で薄めたものを刷毛で一旦塗り、すぐにウエス(cloth)で軽くふき取ります。そうすると、煤(すす)やほこりで薄汚れた感じが出るのです。また、ホワイトのペイントをあまり薄めず濃いままの状態で、ペイントローラーを使い、表面に軽くつけていきます。そうすると、レンガの表面が白く粉をふいたようになり、途端に何十年も前からそこに建っているかのような古びた感じがでます。この手法はどちらもウォッシュ(wash)と呼ばれ、このウォッシュの層を何枚も重ねていくことで、外装の表面に深みや風格が出て、その建屋が人格(character)を持ち始めるのです。

20年近く前になりますが、あるテーマパークの建設時に特殊塗装のスーパーバイザーに一年間ほどついたことがありました。このジャック・ニコルソンに似たスーパーバイザーは短気で有名で、気に入らないことがあると持っている刷毛を職人さんに投げつけるような人でしたが、なぜか現場の職人さんからは絶大な人気と尊敬を勝ち得ている不思議な人でした。特殊塗装のペインターさんたちというのは建築現場では少し異色の存在です。職人であるけれど同時にアーティストでもあるからです。彼はそこのところをよく理解していて、細かで具体的な指示を与える代わりに、個々の建屋が持つストーリーを説明していました。真新しいレンガ造りのファサードを前に彼が語るのは、

「この建屋は、1960年代に建てられた建物で、ニューヨークの職人が作ったものだ。何回も補修工事されているから、その跡が残っているんだよ。後から来た職人が窓枠の補修をして、それがまた下手くそな職人がやっつけ仕事でやるもんだから、目地のセメントがはみ出てしまったりしているんだ。あっち側は日が当たるから白っぽくなってるけど、こっちは常に陰だからじめっとしててね…」なんて説明しだすと、現場のペインターさんの目が急に輝きだして、「じゃあ、この部分は雨が当たりやすくて、その雨水はこう流れていくから、ここには薄汚れた筋がついていないとおかしいですよね?」という風に会話がスタートします。まさに何の変哲もなかった建物に命が吹き込まれる瞬間です。

彼はこんなこともよく言っていました。「自然の色って、君たちが思っているより、何倍も鮮やかなんだよ。京都の苔寺に行ってみてほしい。苔の緑色は、そんな抑えた地味な色ではなく、びっくりするほど鮮やかな緑なんだ。自然の色ほど美しいものはないよ。」そう言われ、通訳をしながら、普段何気なく見過ごしている物が、急に存在感を主張しだしたように生き生きとして見えたのを覚えています。

特殊塗装には様々なテクニックがあり、前述のウォッシュ以外にもヴィネット(vignette)といって、本来はフチをぼかしてとる写真の手法のことなのですが、特殊塗装では周りを黒ずませたり縁取ったりする手法もあります。スパター、エアブラシや刷毛、ローラーなど使うツールによっても様々なテクスチャーの違いが出ます。もちろん、そうしたテクニックのデモンストレーションも大事なのですが、彼が素晴らしかったのは、個々のストーリーを語ることによってペインターさんに作りたいイメージを伝えようとしたことです。それさえできれば、後は各ペインターさんの自由に任せるというやり方をしていました。ペインターさんたちは正しいイメージをもって、それを実現するにはどうすればいいかということを考えながら、かつ楽しみながら作業されていました。真にクリエイティブな仕事とはそういうものなんだ、ということを教わった経験でした。

通訳の仕事もこのペインターさんたちの仕事と同じかもしれません。スピーカーが自分の伝えたいメッセージやイメージをうまく通訳に伝えることができれば、通訳はスピーカーが使った言葉に縛られず、そのメッセージやイメージを一番効果的に伝える言葉や表現を選び、オーディエンスの頭の中にスピーカーが描いてみた世界を再現することができるのです。そういう意味では、よりいいものを、よりリアルなものを追い求めるペインターさんたちのように、通訳もまたクリエイティブな職業であると言えるのではないでしょうか?自分がスピーカーから直接得た共振を、聞き手の中に同様に起こすことができるような通訳を目指したいものです。

さて、使用される塗料ですが、色の選定にはPantoneやICIの色見本(color chips/color swatch)が使われます。Pantoneは番号なのですが、ICIは番号のほかにそれぞれの色に素敵な名前がついています。“Blazing Star”や”Puppy Love”、“Mystic Shadow”、”Sand Dance”などどんな色を指すかわかりますか?また、塗料つや(gloss/sheen)も必ず決められていて、Gloss(100%-つやあり)、Semi-gloss(75%-七分)、Satin(50%-五分)、Eggshell(25%-三分)、Matt(0%-つやけし)となります。

現在私がコーディネーターをしている現場では、この塗装の夜間作業が進行中です。夜間シフトは別名「墓守シフト」(graveyard shift)。二か月間、太陽の光が差さない現場で黙々と作業が進みます。昼夜が全く逆転してしまうので、作業するほうにとっては肉体的にも精神的にも大変な現場なのですが、一旦オープンしてしまえば、日中はお客さんが入り営業しなければならないテーマパーク。補修や追加工事やPunch listと言われる残工事はすべて夜間作業が基本になります。昼間は「夢の国」としてにぎわうテーマパークも、夜は一転それを支える人たちで忙しい現場となります。


仲田紀子(なかた のりこ)

会議通訳者。長野冬季オリンピックで審判付き競技通訳でデビュー。製造業、小売業、大学、地方自治体、IR、マスコミなど.幅広く活躍。得意分野は、建築、司法、アート。とりわけ建築業界では、好きが高じて最近は現場のコーディネーターまで経験し、現場監督さんの偉大さを痛感中。