【第3回】知っていればこんなに楽しいワイン通訳~葡萄畑から食卓まで~「テイスティング(香り〜白ワイン編)」

先日、通訳者の方を対象に「ワインと通訳」のレクチャーを行った時に「香りを嗅ぎわけるには、特殊な才能がやはり必要ですか」という質問がありました。テイスティングは感覚的なもので素人には無理、と思いがちですが、実はトレーニングである程度はできるようになりますし、分類はかなりロジカルです。マトリックスを理解できれば、通訳をする時にグッと楽になると思います。

お酒が苦手な方も見た目と香りまでで、ワインの特徴はある程度わかりますよ。ちなみに、プロもテイスティングをする時は基本飲みません。口に含みますが味わった後に吐器に出します。酔うとやはり判断力が鈍るということもありますし、昼間から何十種類ものワインをテイスティングするので飲んでいては身が持ちませんよね。

昔はわたしも「ワインの香りでしょ」としかわかりませんでしたが、トレーニングすると嗅覚は鍛えられる、というのは経験しています。日本ソムリエ協会のテイスティング試験の前に、朝が最も敏感と聞き、出勤前に小瓶に入れた30-40種類の香りを嗅いでトレーニングしていました。2週間くらいで試験前だけほぼ完璧に嗅ぎわけられるようになりました。使っていない人間の能力は鍛えると使えるようになるんですね。

ワイン文化を牽引したのは西洋ですから、やはり西洋人にとって身近なもので表現されることが多いです。例えば、リースリングというドイツで主要なぶどう品種によく使われる表現で「菩提樹(ぼだいじゅ)」という植物の香りがあります。この菩提樹、ドイツ語ではリンデンと言います。ドイツに行かれた方は「ウンターデンリンデン(菩提樹の下)」という言葉を聞いたことはありませんか?

Unter den Linden (Berlin AkademieのHPより)

ベルリンのブランデンブルク門から続く菩提樹(リンデン)の並木道の名前です。この写真を見るとバッハの「ブランデンブルク協奏曲」がもう自動的に頭の中で流れはじめます。

つまり、この例で言えば菩提樹の香りと言えば、あの景色、あの音楽、そしてあの香りと自分の幼少からの思い出の中に刻まれた五感すべてを網羅した記憶がわっと出てくるのです。そこで育った人にとっては。

残念ながら日本人には身近な香りでないものもあるので後付けで学ぶ必要がある場合もあります。ただ、例えば日本で主要なぶどう品種「甲州」の香りには、吟醸香(日本酒の吟醸の香り)や、びわの香りなど日本に特徴的な香りがあります。ぶどうが育った場所のテロワール(土壌や気候などの自然環境)が大きく反映されているのですね。日本ワインの海外プロモーションのお仕事などの時にはこのような表現もよく使われます。

さてようやく本題に入りましょう。テイスティングでは、まず香りの印象(強いのか中程度なのか、弱いのか)を見てから、果物、植物、スパイスなどを表現します。

白ワインは、果物は、爽やかな柑橘系(citrus fruit)ならば、レモンやグループフルーツなど。花梨(quince)、洋ナシやリンゴもよく使われる表現です。トロピカルな香りのワインでは、パイナップルやパッションフルーツなどなどが全体的によく出てきます。一方、ブドウの品種に特徴的な香りもあり、先ほどの花梨が出てくるとシュナン・ブランという品種、ライチ(lychee)の香りがするとゲヴュルツトラミネルという品種、というのは暗黙の了解で業界の方は分かっていらっしゃるようです。

花は、小さな白い花の印象ならスイカズラ(honeysuckle)、少し甘い香りはアカシア(acacia)と表現されます。

その他、え!?と思うのが、ペトロール香(石油的な香り, petrol, kerosene, gasoline or paraffin notes)。そもそも石油に鼻を近づけて臭いを嗅いだことのある人なんて普通いるのか、と思いますよね。なるほど、と思ったのは、浮き輪のにおいです。夏になって押し入れにしまっていた浮き輪に空気を入れるときに嗅いだにおい、あれです。確かに浮き輪も石油製品ですね。ワインに石油のにおいがついている、というよりも、これはリースリングというブドウ品種に特有な独特なミネラル香です。

火打石 (flinty, gunflint)という表現もあります。火打石を打った時の香り、線香花火のような香りです。石灰の香りとも。牡蠣とよく合うことで有名なフランスのシャブリという地域のワインがありますが、この地域は太古の昔は海底で、牡蠣の貝殻の遺跡も多く発見している地域です。土壌に貝殻の石灰分のミネラルが多く含まれているために、香りにも反映しているようです。

あとわかりやすい香りとして、ヨーグルト(yoghurt)の香りもあります。これにもきちんと理由があります。ワインに含まれるリンゴ酸(malic acid)が乳酸菌(lactic bacterium)の働きで乳酸(lactic acid)に変化するマロラクティック発酵(malo-lactic fermentation)によるものです。まろやかになるので、まろラクティック(笑)ではなく、リンゴ酸(malic)→乳酸(lactic)だからマロラクティック(malo-lactic)なんですね。ヨーグルトの香りは乳酸菌の働きによるものです。

他にもたくさんありますが、よく出てくる香りはこのくらいになります。

赤ワインの香りと味わいについては、また連載の中で取り上げていきます。ワインの醸造プロセスについてのリクエストも多くいただいているので、次回はそのあたりを中心に。

今回のおすすめワインは貴腐ワインです。高級なデザートワインで大人の極上ウィーツ、濃厚でコクと旨味のある香り豊かなワインです。ご褒美ワイン(お高いので)でなかなか飲めないのですが、オーストラリア産のお手頃ながら素晴らしい貴腐ワインを見つけました。

蔵直ワインの専門店「ヴィノスやまざき」さん(店舗もオンラインもあり)で購入できます。

スリーブリッジス・貴腐ワイン375ml  2,380円(税込 2,570円)

「オーストラリアから入手した秘蔵の貴腐ワイン。ジャパンワインチャレンジにて欧州の数万円の貴腐ワインに圧勝し、最高金賞を受賞」(お店のHPから)

Bon appetit!


松岡由季(まつおかゆき)

通訳者。日本ソムリエ協会ワインエキスパート。ドイツワイン協会ドイツワインケナー。ワインはもともと赤白ロゼの区別しかつかなかったが、出張先の南アフリカで出会ったワインの美味しさに感動してワインの世界へ。農家や醸造家の情熱や思いを伝えるワイン通訳の醍醐味を知る。その他通訳分野は、IR、自動車、ITなど。著書に「観光コースでないウィーン」(高文研)