【第1回】つながっていたんだ!~通信・ネットワーク系の通訳で学んだこと「衝撃の一言」

その瞬間、アタマの中が真っ白に。「・・・今この人、『のうど』って言ったよね・・・」隣に座る外国人の顔を私はじっと見つめてしまいました。

これは、通信系の企業で社内通訳として働きはじめたころの話です。その会社では、新人の社内通訳は「オブザーバー」として、先輩方が通訳する会議に数カ月同席して勉強させてもらっていました。その後、晴れて社内通訳としてデビューしていたのですが、会議の数が予想以上に立て込んでしまい、その日は通訳者の数が足りなくなっていました。文字通り「猫の手も借りたい」状態。入ったばかりの私が突然、会議に駆り出されることになったのです。今でこそ、「得意分野は何ですか?」と聞かれると即座に、「通信です」と答える私ですが、当時は携帯電話がどうやってつながっているのかすら知りませんでした。

「手ぶら」で仕事に来るな

私が固まってしまった「のうど」という言葉は、「ノード(node)」。ネット検索すると、IT用語辞典e-Wordsに、「ネットワークや木構造など、複数の要素が結びついてできた構造体において、個々の要素のことをノードという。ノードを結びつける線や繋がりをリンク(link)ということがある。」と説明があります。つまり、通信系、ネットワーク系では、ごく基本的な用語です。たまたま、その日まで見学させてもらった会議には出てこなかった単語だったのかもしれませんし、出てきていても見落としていた可能性があります。

ここに二つ大事なポイントがあると思います。一つ目は、「柔軟性」ということ。テクニカルな内容になると、出てくる単語がすべて既知のものではないことがあります。知らない単語が出てきても、フリーズせずに柔軟に、「あ、『ノード』っていう単語なんだ」と受け入れて、(会議出席者に、念のために「『ノード』ですね」と確認することは必要ですが)たとえ背中に冷や汗が流れていても(笑)粛々と訳すということ。もう一つは(こちらの方が重要ですが)、「『手ぶら』で仕事に来てはいけない」ということです。

そのころ私は、「手ぶら」で仕事に来ていました。もちろん、カバンの中には、メモ紙もペンも辞書も入っていました。けれど、その会社で仕事をするための知識は全く持ち合わせていなかったのです。振り返ると、本当に自分は甘かったのだと思います。いくらオブザーバーから始まるとはいえ、技術系の会社で通訳するのに、その技術について全く何も勉強せずに仕事に来ていたのです。

アタマの中に「お部屋」を作る

多くの同年代の女子と同じく、私は子供のころにピアノを習っていました。高三の一学期まで大学では音楽を専攻するつもりでいたので(進路を変更するウラには、話せば長い話があるのですが、それはまた別の機会に)、ピアノや音楽については当時いろんなことを耳にしました。その中に、ピアノを弾く前には作曲家ごとに「アタマの中に『お部屋』を作ってあげる」という話を聞いたことがあります。ベートーベンとショパンでは作風が全く違うので、楽譜の解釈も違ってくる。それぞれ違う「お部屋」、つまり「概念」をアタマの中にあらかじめ準備しておいて、ベートーベンの曲を弾くときはベートーベンの「お部屋」でピアノを弾く、ショパンを弾くときには別の「お部屋」で、というものでした。

最近気づいたのですが、通訳をする際も「アタマの中に『お部屋』を作る」作業を、「事前準備」という形で行っています。その分野について調べものをしたり、資料を読んだりして、「概念構築」という「お部屋づくり」をしているはずです。(別の言葉で、「フレームワークづくり」と言っていた通訳さんもいました。)その中には、単語を覚える工程もありますし、知識を有機的に体系づける、という工程もあります。しかし私は、通信業界で社内通訳をすることになっていたのにもかかわらず、「通信」という「お部屋」をアタマの中に作らないままに仕事に行っていたのです。

では、その「お部屋づくり」は、どう始めたらいいのでしょうか?これも含め、次回から通信関係の仕事をしながら学んでいったことをご紹介したいと思います。少しでもお役に立てれば嬉しいです。


神山真紀子(かみやま まきこ)

会議通訳者。得意分野は通信、ネットワーク系。最近増えてきたのがIR。他に製薬、生保、金融、IT、ファッション関係も多数。通訳業の前は、百貨店正社員として販売や売場ディスプレイ、特許事務所に転職し特許事務の後に特許翻訳へ。高校時代は英文科に進学希望するクラスメイトが異星人に見えるほど英語に興味がなかったが、大学の教養科目の英語で面白さを知り、専攻を西洋史から英米文学に変更。趣味はメジャーリーグと女子フィギュア観戦。