【第2回】インドネシア語通訳の世界へようこそ「需給の現状と展望を知る」

今回のテーマは、「需給の現状と展望を知る」です。

まずインドネシア語の通訳全体で見ると、
・需要は急速に高まっているのに、
・サービスを提供する側(通訳者)の数や質が追いつかず、
・無理押ししたツケがあちこちで出始めている
という状況にあります。

これを放ったまま「今後有望な分野は?」だの何だのと言ってみても始まりません。まずは供給側の状況改善(数と質の確保)が先決だということは、初めに強調しておきたいと思います。

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その旨を念頭に置いた上で、まずは需要面の大まかな傾向を見ていきましょう。

インドネシアの産業構造が変わるに連れて、近年は通訳案件においても第3次産業の伸びが顕著に感じられます。特に勢いのある分野としては、情報・通信サービス、金融あたりが挙げられるしょうか。

一方で、第2次産業の存在感も決して薄れたわけではありません。通訳案件の数から見ても、建設業は鉄道・港湾といったインフラ関連を中心に大きく伸びていますし、鉱業(資源・エネルギー関連)や製造業(自動車・二輪車やその部品など)も依然として増加基調にあります。

第1次産業も同様で、相対的な割合でこそ目立たないものの、通訳案件の絶対数でいえばやはり年々増えている状況です。

つまり、第3次産業を中心に、いずれも通訳需要そのものは拡大していることになります。

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では、より細かな分野やトピックごとに見るとどうでしょうか。

そのレベルになると需給の移り変わりも目まぐるしく、付いていくには日頃からアンテナを高く張っておくことが必要となります。

「はやり廃りをいちいち気に掛けて、振り回されるのは愚かだ」と考える向きもあるかもしれません。確かに、振り回されてはだめでしょう。でも、「気に掛ける」ことまで無駄だと切り捨てるのには賛成しかねます。

市場の動向を読み、先手を打って動こうとする姿勢は(特にフリーランスの)通訳者にとって大事だと思うからです。依頼が来て初めて一からあたふた準備するのと、需要を先読みして空いた時間にこつこつ下準備を整えておくのとでは、いざというときに差が出ます。野球で次の打球がどこへ飛んできそうか読んで、守備位置を調整するのと一緒です。それによって、ただ漫然と定位置で待ち構えていたのでは捕れなかった球が捕れるかもしれない。そう考えれば、読みが外れるリスクを計算に入れてもなお、やってみる価値があるのではないでしょうか。

フリーランス通訳者は、ともすると巣の中のひな鳥のように、通訳会社が持ってきてくれる案件をただ漫然と待つだけになりがちです。それでは、せっかく自由に飛び回れる身を選んでおきながら、もったいない話だと思います。どこで必要とされているか、掘り起こせる潜在市場はどこにどれだけあるか、何ならいっそ新たな市場を創り出せないか。そう考えを巡らせ、遠くまで見渡しながら、自ら選んだ方向を目指して飛ぶ。その方が張り合いもありますし、生き残るためにも有利でしょう。

通訳会社とも、その上で(対等なパートナーとして)力を合わせるときにはがっちり合わせるという、付かず離れずの関係でいた方が、お互いのために良いだろうと思います。

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話がそれました。需給の動向は意識したほうがよいという話でしたね。

今回のタイトルは「需給の現状と展望を知る」ですが、実際に「知る」ことはなかなか難しく、どちらかというと「読む」、いや「読もうと努める」といった方がいいかもしれません。ここからは、その「読もうと努める」方法を考えてみましょう。

遠回りなようですが、まずは基礎的な統計データを基にインドネシアという国自体、とりわけヒト・モノ・カネ・情報の流れを中心に、日本と関わる部分の規模感をつかむところから始めるのも一つの手かと思います。

データを見ていく際のポイントは、
・インドネシアだけでなく、世界全体や日本、その他いくつかの主要国・競合国と比較しながら捉える
・最新の数字だけでなく、時系列で見た推移や傾向(伸び率、勢い)にも着目する
・データ上に表れない非公式な部分、潜在的な部分を忘れない
ことなどでしょうか。

情報源の例:
総務省統計局
インドネシア中央統計庁(BPS)
JETRO「国・地域別に見る > アジア > インドネシア」
JBIC「インドネシアの投資環境」
BKPM-JICA投資促進政策アドバイザーオフィス
外務省「地域 > アジア > インドネシア共和国」
同「海外在留邦人数調査統計」
JICA「各国における取り組み > アジア > インドネシア」
観光庁「統計情報・白書」
日本政府観光局「訪日外客統計」
同「日本の観光統計データ」
国立国会図書館リサーチナビ「インドネシアの経済・産業について調べる」

有用な情報は、他にも切りなく見つかります。でも、データ探しで終わっては意味がありません。
肝心なのは、そこからどのような推論をして通訳需要を読むかです。就活生にはおなじみ(?)のフェルミ推定と似た考え方で、関連データから推論を重ね、どこにどのくらいの通訳需要がありそうか、ざっくりした見当だけでも付けてみましょう(ぴんと来ない人は「フェルミ推定」で検索すると、面白い例題が手順やこつの解説付きでいろいろと見つかるはずです)。

この方法にはおのずと限界もありますが、別々の切り口から導かれた結果がある範囲に集中する場合は、それなりにいい線を行っていると思ってよさそうです。逆に、結果がばらばらだったり、ある結果だけが他とかけ離れていたりする場合は、
・どこかで仮定が間違っている
・何か大事な要素を見落としている
・本来あるべき状態と現状の間にギャップがある
といった可能性があり、それに気付くきっかけとなるだけでも意味はあるかと思います。

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別のアプローチとして、人と接して得られる情報や感触から需給の動向を読むことも大切です。
いろいろな場へまめに足を運び、通訳者・翻訳者同士はもちろん、通訳・翻訳会社の方、インドネシアと関わるお仕事や研究をなさっている方などと直接顔を合わせて話すと、統計の数字からは見えなかった貴重なヒントがたくさん得られます。

他にも、
・日々のニュースをチェックする(ニュースアプリ等で「インドネシア」、「通訳」、「翻訳」、「多言語」、「外国人」などのキーワードを設定)
・ツイッターで日本とインドネシアのマスメディア、公的機関、各界のキーパーソンなどのアカウントをフォローまたはリスト化して適宜チェックする(検索機能も活用)
・各種のSNSで、インドネシアや通訳に関連したグループに参加する

など、さまざまなチャンネルから情報を集め、いろいろと考えを巡らせてみる。これを繰り返すうちに、だんだん点と点がつながって線になり、線と線が……というようなことが起きてきます。

そうすると、例えば
・従来の通訳会社を介したルートには乗らなかったような案件が、別ルートで成立するケースが増えそう
・機材やシステムの技術的進歩でコスト面(費用と手間)のハードルが下がれば、同時通訳の案件は増えそう
・同じ道理で、タブレット端末等を利用した遠隔通訳も増えそう
・遠隔通訳の仕事が増えることで、地方在住の通訳者さんにも活躍の場が広がりそう
といった予想が次々と浮かんできます。

物事の見通しや見晴らしが良くなり、判断や行動がしやすくなる感じというと大げさかもしれませんが……。これから通訳者を目指す方も駆け出しの方も、そうした「需給の動向に敏感でいる姿勢」と「貪欲に情報を集め、つらつら思い巡らせてみる習慣」を身に付けておくと、きっと後々よいことがあるはずです。だまされたと思って、ぜひ試してみてください。

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次回のテーマは、「市場性を見極める」。
今回の内容を踏まえ、採算性、料金設定の考え方など、さらに突っ込んだ話をしていきます。
どうぞお楽しみに!


土部 隆行(どべ たかゆき)

インドネシア語通訳者・翻訳者。1970年、東京都小金井市生まれ。大学時代に縁あってインドネシア語と出会う。現地への語学留学を経て、団体職員として駐在勤務も経験。その後日本に戻り、1999年には専業フリーランスの通訳者・翻訳者として独立開業。インドネシア語一筋で多岐多様な案件に携わり、現在に至る。

インドネシア語通訳翻訳業 土部隆行事務所