【第1回】インドネシア語通訳の世界へようこそ「インドネシア語通訳を巡る現状(概観)」

はじめに

いわゆる「なるには本」をはじめ、通訳志望者に向けた情報は世にあまた出回っています。とはいえ、その多くは「英語の」という(半ば暗黙の)枕ことばが付いたもの。「インドネシア語の」となると、ほぼ見当たらないのが現状です。

仕方なく英語の世界になぞらえて考えようとするわけですが、これがそう簡単にいきません。相通ずる点もあるにせよ、何せ通訳学校の有無に始まって前提となる土台が違います。

せっかく「よし、この山に挑んでみよう」と思い立っても、別の断然メジャーな山の地図やガイドブックしか手に入らない状況とでもいったらいいでしょうか。これでは、独り登山口を探しあぐねるうちに、いつしか深い樹海へと迷い込みかねません。

金の卵がそんな目に遭わないよう、同じ頂を目指す先発隊から知識や経験を引き継ぎ、手引きとして役立ててほしい――そうした思いが募っていたところへ、多言語に広く目を配られている日本会議通訳者協会(JACI=ジャシー)さんから折よくお声が掛かり、この連載が実現しました。

初回からタイトルに偽りあり?

さて、皮切りとなる今回のタイトルは、「インドネシア語通訳を巡る現状(概観)」。連載全体の構成上、まずはそこからが順当だろうと考えたわけですが……。実をいうと、このトピックについては既にアルクさんのサイトで単発のコラム記事としてまとめています。

❏現役通訳者のリレー・コラム 【第25回】英語以外の通訳市場~インドネシア語編~

これを書いた昨年(2017年)の夏と今とで、状況はおおむね変わらないように思います。そこで、初っぱなから手抜きのようで恐縮ながら、このトピックの本論に当たる部分は上の記事でお読みいただくことにして、ここではその後の展開や抱いた思いに字数を割かせてください。

※まだお読みでない方は、ご面倒ながらいったん上のリンクから飛んでお目通しのほどを。

記事がアップされると、本文中の呼びかけに応えて何人もの方が連絡をくださいました。近いうちに現地へ留学し、ゆくゆくは通訳の仕事がなさりたいという方、地方在住の現役通訳者で、営業の仕方に悩まれている方……。そうした皆さんからオンラインやオフラインでいろいろとお話を伺えたのは、何よりの収穫だといえます。また、旧知の通訳者仲間とも「あれ読んだよ」に始まり、いつになく突っ込んだ議論が交わせました。

その中で、改めて痛感したことが一つ。それは、(志望者や駆け出しの方に限らず)いまだ多くの通訳者がお互いにばらばらで、情報不足による不安を抱えて(またその裏返しとして、手持ちの古い常識や偏った風説にすがりがちとなって)おり、その隙に付け入ってくる連中のいいかもにされている現実です。

かもにされるというと一方的な被害者のようですが、そんな現状におめおめと甘んじていては、自分たちの首を絞める流れに間接的ながら加担し、助長しているのと変わりません。疲弊・消耗しきってサービスの質が保てなくなれば、利用するお客さまはもちろん、仲立ちビジネスで成り立つ通訳会社等の関連事業者だって困るはずです。

そうならないためにも、相応の分別を身につけ、長い目、大きな目で自らを(ひいては同業者やサービス利用者、まっとうな関連事業者をも)毅然として守る。大局観を養い、中長期的にどこと組んで力を合わせていくべきか見定めながら動く。どんなに未熟だろうと微力だろうと、そうした姿勢を心掛けることが、私たち一人一人に求められていると思います。

そしてそれを支えるのが、まずは同業者・関連事業者どうしを中心とした情報や認識の共有であり、土壌となる「オープンで緩やかなつながり」を広げる努力ではないでしょうか(つながりを広げることの具体的なメリットは他にも多々あるわけですが、それについてはまた後の回で)。

通訳者・関連事業者どうしがつながると聞くや、何やら徒党を組んでよからぬ動きを起こしたり、裏でこっそりカルテルを結んだりといった方向に勘違いする人がいますが、そうではありません。五里霧中の状態から抜け出し、もろもろの判断を各自が賢明に行えるよう「取りあえず基礎となる地図などの整備(=一般的・概括的な情報や認識の共有[※]。この連載も、まさにその一環)までは、皆で知恵を寄せ合いながら効率よくやりましょう。そこから先は、思い思いのルートとペースで山頂を目指して(=お互い自主独立した立場で、協力・連携は適宜しながらもフェアに競って)いきましょう」との趣旨だとご理解ください。

※ここで「一般的・概括的な」というのは、例えば市場環境、経営ノウハウなど「秘密保持義務、独禁法その他のルールや道義に反しない範囲でできるかぎりの」との意です。大事な一線ですので、念のため。

記事をきっかけとした出会いに加え、ツイッターやフェイスブック、リンクトイン、私の個人事務所サイト、人づての紹介、オフラインでの集まりなどを通じた交流の輪も、じわじわと広がりつつあります。つながるきっかけや手段がごく限られていたのは、過去の話。通訳会社が持ちがちな「通訳者どうしは、なるべくばらばらのままにしておきたい。あまり賢くなられると面倒だから」という愚民政策さながらの発想など、きょうび通用しません。

上で「(インドネシア語通訳を巡る状況は、昨夏の時点と)おおむね変わらない」と書きました。「おおむね」であって、「ちっとも」や「一向に」ではありません。小さな輪が連鎖するに従って、随所で変化の兆しが見え始めています。その具体的な中身や進展についても、今後また適宜ご紹介していくつもりです。

皆さんとつくる連載です

この連載ですが、なるべく一方通行でなく、参加型のものにしたいと考えています。ご意見やご質問、リクエストなどがあれば、ぜひお寄せください。現役で活躍中の皆さんからは、「私の経験では……」、「○○語の場合は……」といった生の声もお待ちしています。

国内を拠点とするインドネシア語の職業通訳者は、フリーランス(個人事業主)という形が一般的です。かくいう私も一貫してフリーランスで、主にその視座から書いていきますが、社内通訳者や法人化している方などの存在もないがしろにできません。

さまざまな立場の皆さんにお知恵を借りて、少しでも内容を充実させ、情報としての客観性を高められれば幸いです。

この記事自体にはコメント機能がありませんので、ご意見、ご質問などは筆者プロフィール欄のメールアドレス宛てにお寄せいただければと思います。

今後の予告

最後に、次回からの内容(案)を簡単に記しておきます。基本的に月1回ペースの予定です。

〈第2回〉 需給の現状と展望を知る

〈第3回〉 市場性を見極める

〈第4回〉 目指す方向と立ち位置を定める

〈第5回〉 インドネシア語通訳者になるには(その1)~ルートと要件~

〈第6回〉 インドネシア語通訳者になるには(その2)~どこでどう学ぶか~

〈第7回〉 同業者や関係者とのネットワークを築く

〈第8回〉 どうやって仕事を得るか(その1)~直接取引の場合~

〈第9回〉 どうやって仕事を得るか(その2)~間接取引の場合~

〈第10回〉 今後に向けた課題

〈第11回〉・〈第12回〉 予備回(読者からの質問やリクエストを基に内容決定。同業者・関係者の本音を聞くアンケートやインタビュー、座談会なども検討)

というわけで、次回はいよいよ具体的な話に入っていきます。どうぞお楽しみに!


土部 隆行(どべ たかゆき)

インドネシア語通訳者・翻訳者。1970年、東京都小金井市生まれ。大学時代に縁あってインドネシア語と出会う。現地への語学留学を経て、団体職員として駐在勤務も経験。その後日本に戻り、1999年には専業フリーランスの通訳者・翻訳者として独立開業。インドネシア語一筋で多岐多様な案件に携わり、現在に至る。

インドネシア語通訳翻訳業 土部隆行事務所