【第1回】聖書に学ぶ英語表現と精神世界「Jesus Christ!」

このたび、「聖書やキリスト教のトピックで知っておくべきフレーズや、そもそもの文脈の意味の解説が欲しい!」という要望を受け、連載を始めることになりました。「宗教」にまつわるトピックなので、時々きわどい内容も出るかとは思いますが、それはそれで。(笑)

ところで、聖書から学ぶと言うと堅苦しい内容になると思われがちですが、実は聖書の世界は波乱万丈、紆余曲折、栄枯盛衰の人生の中で起こる超然絶後の奇跡を伴う生々しい人間ドラマであり、「事実は小説よりも奇なり」を地で行く歴史の記録なのです。従って、この人間味あふれる書物には人の心の綾を上手く表現した言葉や逸話が多く出てくる訳で、学べば通訳者の表現に幅が出る事請け合いの書物なのです。という訳で、宗教の話も織り交ぜ、聖書の言葉や逸話の背景情報を基に聖書を基盤とする文化や表現の理解を深め、それを日本語でどう表現すれば適切なのか、または逆に日本の言語背景をどう表現すれば欧米諸国の方々の琴線に触れる事が出来るかという事を共に探っていきたいと思います。今回は第一回目としてクリスマスの時宜にかなう、神の御子、イエス・キリストについて話を進めようと思います。

さて、ご存知の通りイエス・キリストは人名ですが、「山田太郎」みたいな「氏名」の表現ではなく、△△株式会社の「山田会長」同様、名前+肩書という構成になっています。つまり、イエス(Jesus)が名前で、キリスト(Christ)が「救世主」という肩書になるわけです。

また、聖書は元来ヘブル語とギリシャ語の言語で主に書かれています。という事は、それ以外の言語で書かれた聖書は翻訳された聖書であるという事になります。「イエス」(Jesus)についても同じで、英語では「ジーザス」と発音していますが、元々のヘブル語での名前では、「イェシュア」Yeshuaと発音します。これが新約聖書にギリシャ語で「イエスス」(Iesous)と翻訳され、続いてラテン語に翻訳されて「イエズス」(Iesus/Jesus)となったわけです。ですから、音としては「イエス」はほぼヘブル語のオリジナル「イェシュア」の雰囲気を保っている事になります。

一方、キリストは元のヘブル語で「油注がれたもの」(Anointed)という言意も持つ「救世主」の事を「メシヤ」(Messiah)と呼びました。それが新約聖書ではギリシャ語で書かれて「クリストス」(Christos)となり、続いてラテン語「クリストス」(Christus)、英語「クライスト」(Christ)と続き、日本ではキリストと伝わったわけです。ですから、イエス・キリストは、発音的には「イエス」はヘブル語、「キリスト」はギリシャ語という、言語まぜこぜの呼び名になっているわけです。

そして、今月あるクリスマスは、ご存知の通りキリスト(Christ)+ミサ(Mass)で、キリストへの礼拝、つまり「救い主への礼拝」となるわけです。ただ、ここでは「誰が」救い主なのかが明らかにされていませんが、それは当初から「救い主」は「イエス」である事が明らかであったので、それこそ、「イエス」が「キリスト」と同義に扱われていたことを示しているわけです。

さて、このイエス・キリストですが、名前が映画などでよく妙な使われ方をされています。映画の登場人物等が、「コンチクショウ」とか、「クソッタレ」とか悪態をついている場面で、「Jesus Christ!」または単に「Jesus!」と叫んでいたりします。映画の字幕や吹き替えではその辺りは意図を酌んだ訳にされていて、日本語の悪態としてきちんと翻訳されています。ただ、語源を考えるとなぜ救い主の名が悪態として使われるのかという疑問が出てきます。

これは以前アルクの記事でも違う形でちょっと触れましたが、出エジプト記20章のモーセの「十戒」の3番目に、「主の御名をみだりに唱えてはならない」という戒めがあります。これが英語で、「みだりに」が「in vain」となっているため、「みだりに」≒「軽々しく」と簡単に解釈され、またここで言われている「主の御名」が実際には天の御父であるヤハウェ(YHWH)を指しているのに、三位一体だからと「イェシュア(イエス)」=「天の御父」(ここは本来かなり厳密に役割が分かれているのですが、話すと長くなるのでこれはまた別の機会にでも)とされた結果、「“Jesus Christ”とむやみに口にしてはいけません!」というタブーが生まれました。それを背景に、そのようなタブーを犯す不敬、冒涜(blasphemy)である「悪いこと」を恰好つけて言いたがる反抗期の若者を中心に、「Swear words」の仲間として「Jesus Christ!」(コンチクショウ)が誕生したという経緯があります。ただ、そもそもなぜこのような現象が起こったのかというと、実はこれは翻訳と解釈の狭間で起こった誤解に起因しているのですが、これは連載の趣旨から脱線しますので、聖書の精神世界にご興味のある方は次のブログで続きをお楽しみ下さい(笑)。

http://fanblogs.jp/eldeot/

さて、「Jesus Christ!」を含むこれらの「Swear words」(悪態)の数々は、当然聞く方にとってかなり気分を害されるものであり、「品が無い」と眉を顰められるようなものです。したがって、R指定映画などの字幕翻訳などではお目にかかるにせよ、通常の通訳・翻訳の現場では極力避けて通る方が無難です。ただ、どうしてもという場合、悪態とは少し離れ、かつ直接的な表現を出来るだけ避けた形の驚嘆の表現も存在します。例えば、「Jesus!」が「Jeez!」、「Oh, my God!」が「Oh, Gee!」、「Gosh!」、さらに婉曲になり、「Oh, my (goodness)!」となります。ただ、そもそも礼節を重んじる日本人が人様の前で悪態をつくのはあまり無い事だと思いますし、それを通訳しなければならないというのもほぼ有り得ない事だとは思いますが、そこでも言葉を選んで使う事ができれば、無用のトラブルに巻き込まれずに済むのではないかと思います。

さて、最後の方は悪乗りが過ぎて少々品の無い話になりましたが、次からは悔い改めて、金言・格言といった別の視点から聖書の英語表現に切り込みたいと思います。それでは、Merry Christmas and a happy new year !


知念徳宏(ちねん のりひろ)

会議通訳者・翻訳者。ロゴスエージェンシー合同会社代表社員、カフェ・ライトハウスのオーナー、伝道者/牧師。ニュージャージー州立ラトガース大学、ニュージャージー州立医科歯科大学毒物学科卒業。抗がん遺伝子、麻薬、抗がん剤関連の研究に従事。学外では地域の救急隊の救急隊長も務める。クリスチャンとなり、メシアニック・ジューの教会であるべス・イスラエルにて聖書を学ぶ。帰国後、教会で米国人宣教師の説教通訳者となり、その後牧師となる。一方、JICE及びJICAで研修監理員/通訳者として15年にわたり、様々な分野の通訳を務める。現任教育による通訳者・翻訳者の人材育成を行うべく、2009年に会社設立、科学医療技術系をはじめ、様々な分野の通訳・翻訳サービスを提供している。